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学生だった頃は
毎日はめまぐるしく刺激的で
驚きと喜びが溢れ
同じだけの哀しみや痛みも味わって
濃密な人間関係もいとわず
若さや美しさの尊さもわからず
深呼吸も忘れて
勉強し倒したり
遊び倒したりしていたものです
その頃私は、音楽に没頭しており
とても高価な楽器が欲しくて
短時間で高額の収入が得られるという理由で
両親や学校には内緒で、ほんの半年ほど
六本木と新橋のクラブで毎晩ピアノを弾いておりました
もう顔はよく思い出せないけれど
週に一度は訪れ
必ず『イパネマの娘』というスタンダードなボサノヴァを
リクエストくださる紳士がおりました
私が演奏している間、じっと目を閉じてお聴きになられ
帰られる時にいつもピアノのところにいらして
「ありがとう、今夜も素晴らしかった」と言い
楽譜の間にチップを挟んでいかれました
その当時の時代ということもございましたが
それはチップというにはひとつ桁が違う額でした
私は、この単純で易しいモチーフの曲に関して
ありとあらゆるアレンジとインプロヴィゼーションを試みました
この報酬に見合う演奏をしなければいけないのではないかと
思っていたからです
そしてそれは
自分自身にとってプレッシャーというよりも
仕事を超えて楽しい試みでもありました
私はこの仕事を経験したことにより
人様に喜んでいただく、という
お金以上に、最も大事な報酬があることを学んだのです
これはその後の仕事に関しての
自らの指針となる貴重な経験でございました
たった一度だけ
クラブの支配人にその方のお席につくよう命じられました
私はホステスではありませんでしたから
通常お客様のテーブルにはご一緒しません
しかし3ヶ月ほど、毎週そのようにリクエストをいただいていて
私も心からお礼を申し上げたかったので
その方のお席に伺うことにしました
私達はピアニストと客と言う関係ですから
殆ど言葉を交わしたことがありませんでした
その方がシャンパンで乾杯だと言い
数分ですが、他愛のない会話をしていました
音楽はどこで学んでいるのか?
どうして夜の仕事をしているのか?
尋ねられたように思います
そして、なぜそのようなお話をされたのか今でも不思議なのですが
最後にこう、おっしゃいました
「世の中には複雑な物事がたくさんあるんですよ
それを、あなたはきっとこれから幾度も経験されるでしょう
複雑なことを簡単にしてはいけませんよ
複雑な物事は複雑なまま解決できなければいけませんよ
あなたにはきっとできるでしょう
がんばって」
そして微笑んで握手を求められました
私はそのときポカンとしていて
何秒間握手をしていたのかが全く思い出せません
ものすごく長かったような気もするし
すぐに手を離したような気もする
以来、その方の為だけに
『イパネマの娘』を弾くことはありませんでした
遠い記憶の一片が
時折り私をそこへ引き戻すことがあるのです
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