めざせクールなかぁちゃん☆ -6ページ目
子供が欲しいと思ってる思ってないに関わらず
女性ならきっと一度は考えるんじゃないでしょうか?
出産適齢期もしくは出産する年齢

結婚はいつでもいいけど、出産はリミットがあるからね。
まぁ今は科学の力で高齢でも可能だけどリスクは増えるわけだし。

難しいよね~。。。
(リサだけ?)

リサは30超える迄、子供欲しいって思った事がなかった。
ある一定の年齢過ぎると周りから
”結婚は?子供は?”
って聞かれる事多くなるよねー。

私は26過ぎからこの質問って増えるなーって思った。
特に日本だと、クラブとかで会う人から最初の質問が
”いくつ?”ってすごいよねー。いいじゃん、いくつだってって思うんだけど。
メンドクサイから昔はサバ読んで26なのに28とかって言ってたw
28の方が変に結婚とかで色々言われなかったのが面白かった。
30才って言った方が、ちょっと触れてはいけない話題っぽくなって
結婚の話とか振られないからいいんだけど、若干ムリがあるから28
相手が信じれる年齢w
だって26っていうと、そろそろ人生真剣に考えた方が云々
って言う人多かったんだもん、面白いよね~。
人の人生なのに、しかも結婚なんて個人の自由なのに!

30歳の時はケアンズに居たんだけど、
一時3ヶ月位帰国した時に友達のクラブ(踊る方のね)
で人が足りなくて手伝ってた事がある。
その時、よく年齢聞かれるから30って言うとお客さんから

”え!?いいの?子供は?え!?結婚は?”

ありがとう心配してくれてw

そうよね、
30歳でチョウチョのビキニにジーパンみたいな露出の多い格好して
飲んで騒いで踊って(リサの仕事の一つはお客さんと話して踊って盛り上げる事だった)
って見てて心配になるんだろうねーw
私はすっごい楽しかったし、
まーーーーーーーーーったく結婚も出産も考えてませんでした。

そんなリサがちょっとは子供産んでもいいかなって思ったのは
ケアンズで日本人とオージーの夫婦&3歳と半年の男の子の
家のシェアハウスに居候した時
この3歳の子がすごくなついてくれて、いい友達だったんだよ。
パイレーツ・オブ・カリビアンの”パイレーツの発音がリサ違うよ!”
とかって猛特訓してくれたり、朝晩構わず
”リサー遊ぼー!”ってくるんだけど
”ノックしてね!じゃないとモンスター居る時あるから!”とかって言ったら
ちゃーんと毎回ノックしてくれて、
”リサ、モンスターいる?”って聞くから遊べない時
”ごめーん、今モンスターいるー!”とかって言うと、
”わかった!じゃぁモンスター帰ったら遊んでね!”とかw
初めて子供がかわいいと思ったの。
それまではちっちゃい妖怪にしか見えなかったからねw

絶対的にこの経験があったから子供って事考えれる様になったと思う。

が、しかーし、リサの中で一人で産むって選択はなかったんだよね。
子供産むならパートナーが欲しい。
うちのパパとママの様に色々あってもずっと仲良くやってけれる人。

なのでそう思える恋人の居なかった30の時には
現実味が無さ過ぎて結婚も出産も考えようがありませんでしたw
リサは甲状腺が元々悪いんだけど産後もれなくお医者さんの言う通り悪化しました;
ちなみに甲状腺亢進症/バセドウ氏病

25か26歳の時に発症して2ヶ月の入退院繰り返して、取り合えず退院して仕事にも戻れる様になったけど手の震えが止まらず、さすがに手の震えてるネイリストってシャレにならないと思い退職しました。技術に支障はなくてもお客さん的には微妙でしょ。

当時そのサロンに勤めて3年、売り上げが働き始めた時の3倍、顧客数400人位までなって、仕事場でも評価されて今後拡大していこうって話になっていた矢先の出来事だった。

まぁ悔しい気持ちもあったけど、こればっかりはしょうがないよね。体調管理って大切ね~と学んだ一時でした。でも、そのおかげで?その後少し休養して、個人事業でサロンを開業する事にして、結果良かったなと。そうじゃなかったら独立しなかったかもしれないし。と話はずれたけど。

その後、薬を定期的に飲んでたんだけど、日々良くなるにつれて、つい忘れちゃうんだよねw薬飲むの。笑い事じゃないんだけど、本当、ついつい忘れる日々になって。。。

そんなこんなしてるうちに30歳の時ケアンズに行く事になって、その頃にはすっかり飲まない生活になってた。一時帰国した時に検診したんだけど、お医者さんに驚異的に良くなってるし、飲まずに治ってるなんて良かったねと言われ、もし子供欲しいなら今作った方がいいよって言われた。
そして妊娠するとホルモンのバランスが変わるから多分悪化するとの事。。。

リサは基本的に薬って飲まずに済むなら飲みたくない。だって症状を治すって言うよりは抑制する為もしくは緩和させるためで根本的には解決しない気がするから。体が自分で治すって事しなくなりそうだし。

でも当時は結婚も妊娠も予定無く”そうなんですね~”って。

で、月日は流れ一昨年妊娠発覚。

NZの出産システムよく分からなかったから取り合えず今住んでる所のローカルのお医者さんへ。甲状腺の事も話して血液検査もしてもらって。そしてビタミン剤とアイディンタブレットもらって帰宅。

このIodine(アイディン)タブレット。。。

なにかな~と思って調べよう調べようと思いつつ月日は経ち。

定期検査。

甲状腺悪化。

そこで専門医に診てもらう事になって、大きな病院へ。
あ~だこ~だと以前の症状etcを話して問診、触診終えて一言。

”あなた今すぐアイディンタブレット止めなきゃダメよ。これが悪化させてるんだから”

アイディンってヨウ素なんだね~。って英語を学んでる場合じゃないよね。

ってか私甲状腺の話して血液検査までしたのに、なぜアイディンタブレットくれたんだ?
不思議過ぎるでしょってか、医者としていいのか?更には彼女のいつもの台詞”私専門じゃないから”いや、きっと医者にとってはベーシックな知識としてあっておかしくないでしょ!?そんな彼女は今も私の主治医ですが。。。自分の身は自分で守ろうと思った体験だった。

日本はどうか分かんないけど、海外に住む甲状腺患者の方はくれぐれもアイディンにはお気を付け下さい。最近は妊婦と赤ちゃんにはアイディンが不足してると言われてて一般の妊婦さん用のサプリメントにも結構いれられてるし。

そんなこんなで大変な一時を通過し無事!?出産。まぁ出産も色々あったけどそれはまた今度。

出産後なんだかめっちゃ幸せ~、人生でこれ以上に幸せって思った事ないって思う事数日。私達は色々あってNZでは珍しく1週間も出産した病院に居る事になったんだけど、回診の度ナースやお医者さんに赤ちゃんの様子と共に私の事も聞かれた。なんて親切で気遣いのある病院だろうって思ったけど、今思えば結構ナチュラルハイだったんだろうな私wよくある事らしいけど。

で5日目にめっちゃ落ちた。もーーーーーー、ものすごい勢いでダムが崩壊したかの様に夜中から翌日の夕方まで泣き続けた。これが産後鬱の兆候だったのかはナゾだけど。きっとそうだったんだろうな。もうなんとも言えない、私やっていけれるんだろうかという不安と私がしっかりしなきゃって責任感で押しつぶされそうだったんだと今書いてて気付いた。リサはすごく真面目な所があって(自分で言うとおかしいよねw)いい加減なのになんか中途半端に出来ない所があって、その昔は結構潔癖性?に近いものがあったらしい。ママ曰く。私は全然覚えてないけど。

子供が産まれて泣き止まない一晩ならぬ2晩目を過ごしてこの先を思うと本当不安でしょうがなくなって来た。私、本当に面倒見きれるんだろうか?リアリティがキックインした瞬間だったんだと思う。
産後鬱?って思った時

それは、息子が3ヶ月位の時、
何をしても泣き止まない息子に
どうしようもなくなって
思わずお尻をペチンってした時。

なだめてもあやしても何しても泣き叫ぶから、ちょっとアプローチ変えたらハって我にかえるんじゃないかと思ったけど、そんなの赤ちゃんには通用しないよね~。って今だったら分かるんだけどね。必死って怖いね。ハってしたのは私だったっていうw

もちろん痛い程の力ではしてないよ。
当たり前だけど。

ドンってどつかれた時位の力。

でもね、力の強さって関係ないと思うの。

リサは自分がすっごく怖くなって
即効でモッジに電話した

”私、助けが必要”
(モッジの助けって意味じゃなくて)
”これ以上やってけれる自信がない”
って。

それまでにも何回もメルトダウンした事あったけど
この時程切羽詰まった感はなかった。

リサママがNZにヘルプに一ヶ月来てくれて
すっごくお母さんのありがたみが分かった
と同時に、海外に住んで7年目にして
初ホームシック

息子と二人だけの生活、慣れない育児

もう坂を転げる様にどんどん鬱っぽくなってった。

その一件があってから数日か数週間後
ものっすごい勢いで朝からお昼過ぎ迄
泣き続けて最後には

”もう出来ない。養子に出したい”
って言ってた。

それを聞いて私をずっと見てきたモッジは
プランケットのホットラインに電話。

プランケットは子育てサポートの機関
授乳や離乳食の指導、産後のサポートや
子供の成長を見てくれるナースが居る所

ここは24時間のホットラインがあって
どんな小さな事でも相談に乗ってくれる。

向こうも慣れたもので
すぐに色々対処してくれた。
まずはドクターに診断してもらうようにと言われた。
必要であれば専門の医師に会うために。
(プランケットでは鬱との診断はしない)
またプランケットからは専門のナースが派遣される事に。

翌日お医者さんに会って問診、彼女曰く

”まぁ軽度の鬱っぽい症状があるって言えばあるけど、ひどくないし、皆大なり小なりあるわよ。ホームシックってのも大きいんじゃない?取り合えず必要だったら薬も出してあげるけど、どうする?それともカウンセリング受けてみる?”

薬よりはカウンセリングの方がいい。
薬は始めるとなかなか止めれないとも聞くし。
彼女も薬はあまり勧めたく無いようだった。

それでカウンセリング受ける事にしたんだけど。

カウンセラーに会えたのはなんと1ヶ月半後。。。
要望が多過ぎてすぐには診えないらしい。
あ、私だけじゃなくて皆、結構大変なのね。
ってなんか安心しちゃったw

会えた頃にはなんかスッキリしてきちゃってて
会ってはみたものの、成果は???って感じ。

それよりも、
”I can't do this any more!"
って言えた事が私に取っては一番の薬だった。

出来なくちゃいけないと思ってた。
ママなんだから、出来ないとダメだと思ってた。
出来ない自分がダメなママだと思ってた。

でも子育てを通して

できないって言う事の大切さ
周りに助けを求める大切さ
完璧じゃなくって良いって事
一人で抱え込まない様にする事
人に会って話す事

等等を学んだ。