先日Four minutes til midnight のライブに行ってきました。




ありえない詩人のブログ-ミッドナイト

私が唯一写した申し訳無い写真です。



2人で演奏してる用に見えますが、本当は4人で演奏してます。迫力が無く写ってますが、実際のビジュアルはとってもCOOLです。



滅茶苦茶カッコ良い音楽を聴かせてくれます。

心に浸透して行くようなすごくパワーのある曲ばかりです。




日本での全国ツアーを終え、もう直ぐアメリカに帰りますが、

また来年も来るそうなので、また来年も聞きに行けたらと思います。



    詩を書きます。

          


   歌は心の郵便物



  わだかまり 立ち代り 心変わり

  人は心の影を隠し その場にたたずむんだろう

  そんな時 人は 歌に 乗せ 心を奏でるんだろう

  歌は心の郵便物


ほんの些細な事だけど忘れられない出来事があって


昔父と母と私で、人と会う為に待ち合わせをしていて、それまで時間に余裕があったのでカフェでコーヒーを頂く事にした。


私達家族が行くには、珍しい何だかとても本格的ななカフェだ
私はメニューを見ながら、「本当は、ウィンナーコーヒーが飲みたいな。でも本当のコーヒーの味を楽しむならやっぱりブラックだよね!」と私は口に出して悩んでいた。
すると母が「あんたバカだね。こう言う喫茶店では、ブラックに決まってるでしょ!」その母からの一言もあって私は「じゃあオーダー聞きに来たらブラックって頼んでおいてね。」と言葉を残して手洗いに席を立った。

席に戻ると母に、「お母さんは何を頼んだの?」と聞いてみた。
すると「お母さんはねウィンナーコーヒーを頼んだよ。」と嬉しそうに答えた。


「・・・最悪ーさっき人にはブラックを薦めていのに、自分はウィンナーコーヒー頼んだの!?」
そんな事を私が言った所で、母は何も感じて無い顔をしている。


「まぁいいや、じゃあ一口飲ましてー。」母に言った。
「嫌だね。絶対ダメーだね。ダメダメ。」お話にならないと言った顔で母は全面に拒否してきた。

『えぇっ何もそこまで拒否しなくても』と思った。

「自分のやった事は必ず自分に返ってくる。」「人には優しく。」そんな言葉をモットーにして26年間私を育ててくれた母の事が
本当にイジワルな人に見えてならなかった瞬間だった。




コーヒー

晴れ時々雨降り
どんな時でも コーヒーを飲めば一時の休息


カフェオレ
 カフェモカ
 エスプレッソ
 ウィンナーコーヒー

色々種類はあるだろうに
どれも同じさコーヒーさ

ブラックだけがコーヒーじゃない
ブラックを飲むだけが通じゃない

混ざり合ったマテリアルの中からコーヒーの香りと味わいを
感じ取れれば、もうそれだけでコーヒー通

朝会社に行くと

自分のディスクの周りの電球が付いていない

さらにディスクの周りの人達が居ない

自分の所属する部署は7人で構成されているのだが

私以外の6人の姿が見受けられない・・・

「また、やられた。」率直な感想が心を走る



私が前もって 確認を取ればいいのだけれども

周りの人々は時折、何も告げずに出張に行ったりするので

よく行方不明になる。


自分の部署に用事のある人々から かなりブーイングの嵐になるのだけれども

謝りながらも やるべき仕事を 1人黙々と続けて行く



黙々と続けて行くと やはり 1人で8時間仕事をして行くと

1人の世界に入って行って

会社に1人しか居ないような錯覚に陥ってく。

そして隣の席に届いた郵便物を置いた瞬間

隣の席の机の上が 飲み物の跡だの 食べ物のカスだの すごくばっちい状態なのに気が付いて



「Yさんの机、本当きったねーなぁ。」大きい声で、心の声が出てしまった・・・。

辺りは静まり返った。



部署には1人かもしれないが、社内には何十人もの人々が一緒に仕事をしているのだ。

空気が凍りついた。その瞬間に1人では無いと言う事に気が付いた。


1人じゃない



自分の殻に入れば この世界に1人ぽっちだと感じる

だけど もっと 注意深く

辺りを見る事さえ出来れば 

決して1人じゃない

たくさんの人々が繋がっている



発する言葉 接する態度 存在感

これがたくさんの人々の人生に深く交じり合い関わり合って行くんだろう

どうせ交じり合っていくのなら

交じり合う人の良い糧になれればいい



決して1人じゃない