頑張るって言葉って良い言葉ですか?
良くない言葉ですか?
人によって受け取り方が様々ですよね。
元夫のクラインフェルターがわかった時に
私は頑張って少しずつ乗り越えよう!と
自分自身に言い聞かせたり
言葉に出して言ってたりしてました。
元夫は判明してすぐ鬱病になったので
わたしが「一緒に頑張ろう!」と
声をかける度に
「自分はそんな風に考えられない」と
心をどんどん閉ざしていきました。
その時点で鬱病ではあったのですが
そこから鬱病と診断されるまで
かなり時間が経ちました。
心療内科へ行くまでに何年も
かかったからです。
私は自分の大切な人が鬱病になったら
どうしたらいいのか書いてある本を
読みました。
鬱病には種類があります。
病院へ行くとその中
から診断名をつけられます。
ですが家族構成、生い立ちなど
10人いたら10人全員違います。
鬱病になる根底にそういったことが
関わってることもあります。
私の元夫はそこが原因でした。
考え方の癖です。
誰でも鬱病になる可能性はあって
私にも考え方の癖はありますが
それがプラスに働くのか
マイナスに働くのか
そこで鬱病になるかならないか
決まるのかな?と思いました。
ピンチが訪れた時の考え方や
対処法が私と元夫では
あまりにも違うことに
この時に初めて気付いたからです。
私と元夫が出会って初めての
大ピンチが訪れたのが
クラインフェルダー症候群が判明し
無精子で子供ができないということでした。
今、専門学校に通ってて思うことは
ほんとに勉強が大変だなーと
毎日、感じながら通ってます。
そこには様々な人達がいます。
それぞれ性格もここに辿り着いた
理由も違う。
お互いを尊重しないといけないけど
それが出来ない人もいます。
年齢も様々で親子ほど
人によってはおばあちゃんと孫
くらい年が離れたクラスメイトもいます。
みんな一緒じゃなくて当然ですが
学校という狭い環境では学校の雰囲気
や先生の価値観により
こうじゃないといけないって
自然とそうなる人も多いです。
自分の価値観を押し付ける人もいます。
本人は気付いてないと思いますが
口に出さなくても表情や態度で
押し付けてる人もいます。
私は人それぞれで良いと思うんです。
みんな違って当然だと。
違うから面白いんだから。
その人その人で正解は違う。
優先順位も違いますよね。
人のことをとやかく言う権利もありません。
互いを尊重しあう。
専門学校という場所は
勉強に追われて疲れてる人もいます。
何がなんでも国試に合格しないと
いけない人もいます。
なので心の余裕がなくなる人も
多いように感じます。
だからこそ、ストレスの発散も
大事なのですがうまく出来ない
人もいます。
私も出来る時もあれば
出来ない時もあります。
そういう時こそ、互いに尊重し合い
人を思いやる心を待つことが
大事だなーと改めて感じます。
「頑張れー」って簡単に言えないなーと
思う毎日です。
「少しずつでいいよ」
「完璧になろうって思わなくていいよ」
「細くても長く続けれたら
良いんだから」
「そしたらなんとかなるよ!」って
今の私はクラスメイトに言ってます。
人は経験でこんな風に変わるんだなーと。
色んな人に言葉をかける度に
自分自身の変化を感じてます。