私の話になってしまいますが・・・。
覚書きとして記しておきます。
ミータも2回会ってだっこしてもらった、私の親友のこと。
昨日、自宅で家族3人ダラーと過ごしていた午後のこと。
私の携帯の着信音が。
始めは誰からかわからなかったけど、懐かしいような、見覚えのある家の電話番号からの着信。
電話に出ると、親友の弟さんからでした。
名乗られた瞬間、ついにこの時が来たんだなと思いました。
親友が早朝に息を引き取ったとのこと。
36歳、来週末には誕生日を目前にしての突然の訃報。
彼女は8年前に乳がんを発症。
それでも、抗がん剤治療を受けながら、体調が悪い時は入院したこともありましたが、
仕事に趣味にライブにと精力的に人生を過ごしていた彼女。
今月初めに
「脱水症状で入院したけど、空き部屋がなくて緊急病棟だから、お見舞いは遠慮するね」
というメールが届き、それから10日ほど。
こんなにも突然別れが来るとは。
先月、一緒に出かけたのが最後だったけれど、
バッサリと切って金髪のベリーショートで元気に登場した彼女と、散策・写経・ランチをした。
髪を切った理由を聞いたら、
今まではずっとカツラだったんだ~、と笑顔の彼女。
地毛が生えてきて、のベリーショートだったんだ、おめでとう。
と、気づいて言ってあげられてよかった。
変化があったのは3ヵ月前から。私の体調が悪くなってきたころ。彼女も波長が合うらしく、
入院したという知らせを聞いて、自分のための休暇を取ったついでにお見舞いに。
転移の恐れがあるから、検査入院、って言っていたけれど、
先月会った時には、結果がどうだったかという話にはふれなかった。
何もなければ言ってくるだろうし、聞いて何かあった、ということを聞くのも怖かった。
年内は休もうかな~、なんて言ってくる彼女に余裕さえ感じられた。
でも、退院してから自宅療養に切り替わってから、8月には職場復帰するという連絡を聞いて驚いた。
休める環境にある、理解ある状態なのに、どうして。一緒に休んでゆっくりしようと思っていたのに。
お客さんのところで仕事をするのが好きで、私が今やっているような仕事は性に合わないとか。
だから、できます!というところをアピールしたかったんだろうなと思う。
ずっと、病気と闘ってきたんでしょう?!それなのに、このバイタリティ。
きっと、仕事が彼女を生かす原動力だったんじゃないかな。
私は、家族ができて、守りに入ってしまったけれど、
闘病しながらの、彼女の仕事への思い入れは、以前のそれ以上に高くなっていったのかもしれない。
彼女から「病気になった」という連絡を受けた時は、
私もうつで休職中。一生できる仕事を辞めた。
運命ってなんなのかな。と思う。
まだまだ働きたい、と頑張って仕事と治療を同時並行していた彼女。
それに比べたら、私がこれからやっていこうと思っていることなんて、たいしたことない。
生きている。
生き方がいろいろあるのが人生だけど、
人は、オン(生)とオフ(死)しかないように思える。
オンであれば、なんだっていいじゃないか。
生きていれば。
会えないけど、生きているということは本当に心強い。
もう会えないことは、本当に心細い。
旦那も私が一人でいられるように二人で外出したり、あえてあまり話しかけないようにしてくれていた。
私は家族がいる。一人暮らしでこの報せを聞いていたら、と思うと、本当に家族ってありがたい。
彼女も同居の家族がいる。お母さんと弟さん。
先日会った時、家族の心配をしていた。
「私が、働かないと・・・。」
高校時代から20年来の友人だった彼女は、36歳にして、一家の大黒柱だった。
転職を一度もせず、プログラマとして一筋。彼女は仕事にまい進していた。
おそらく、病であろうともなかろうとも。
復帰したら、きっとサポート的な仕事になるのだろうと懸念していた。
私は、復帰したら、サポート的な仕事だって何だっておいていただけるだけで、と考えていたので、
もう、考え方から置いてきぼり。
どんどん先に行ってしまった、彼女。
がんも若い時に発症すると、進行が早いとか。
あまり、病状のことは話さなかった。すべて知っていることが、親友じゃないと思ったから。
いつもと変わらず、心配顔なく、
馬鹿な話ができたのが、最後にあってできてよかったかな。
「絵馬、書いてみたかったんだ」
今度書いてくる、私。彼女のことを思い浮かべながらあの場所へ行こう。
お通夜、告別式まであと2日もある。
あと、2日、彼女に会えるまでが今までで一番待ち遠しい。
いつも待ち合わせに遅刻してきた彼女。
今回ばかりは2日待たせてしまうけど、会いに行くからね。