『なるほど現在では、自分も口をつぐんで閣下等の尊名をあばくことをすまい。しかし、自分がかつて自分の
抱え主等に対して忠実を誓ったように、彼等は現在の余に対して忠実であるだろうことを自分は信じたい。自
分はかく希望する、そしてもし自分が、不幸にして彼等が遂に自分を裏切ったという確信を得るに至るであろ
うならば、それらの姓名を天下に公表するべくランセル バッグ自分は一時も躊躇しないであろう――おそらくそれらの罪の名
は全欧洲を震駭するでもあろうが。
『一口にいえば、当時――千九百――年――巴里(パリー)には、政治経済界に勃発した奇々怪々な疑獄事件
に関連して有名な恐慌がやって来たのだ。仏蘭西(フランス)を代表する幾多の巨頭の名誉と経歴とは全く危
機に瀕していた。そこへもし大西洋の彼方から、あのカラタール氏が爆弾のように飛込んで来ようものなら、
彼等巨頭連の存在は一たまりもなく将棊(しょうぎ)倒しにされてしまうのだ。しかもその爆弾は今まさに南
亜米利加(アメリカ)から、巴里(パリー)の空目蒐(めが)けて飛翔の準備中であるという警鐘は乱打され
ているのだ。そこで、どうしてもカラタール氏をして仏蘭西(フランス)の地を踏ませない策略を講じなけれ
ばならないこととなった。そこで彼等は組合(シンジケート)をつくって危急に当ろうと決心した。組合は無
限の金力を動かすことが出来た。この巨大な金力を自由にふるって、カラタール氏の入国を絶対にはばむこと
の出来る人物を彼等は求め始めた。人物、それは独創力に富んだ、果断な、そして眼から鼻へ抜けるような男
――百万人中の一人でなければならなかった。トートバッグ 通販彼等はこのヘルバート?ドゥ?レルナークを択んだのだ。その点
で自分は彼等の、否(いな)閣下等の明を正しいと言っておく。
『自分の義務は、多くの輩下を探し出し、金力を自由に駆使して、カラタール氏の入国入市を妨害することだ
った。命令一下、自分は非凡な精力を傾けて、すでに一時間の後(のち)には義務を遂行すべく秘密の活躍を
開始していた。
『自分は自分の片腕と頼む男を南亜米利加(アメリカ)に急行させてカラタール氏と同船させることにした。
もしこの男の着米が今一歩早かったならば、船は決してリヴァプールの港を見ることが出来なかっただろうに
。けれども、船は既に出航した後(のち)だったのだ、あらゆる偉大な策略家がそうであるように。しかし、
自分は失敗に対する第二策第三策をちゃんと準備していたのだ。で、この場合、我々は単にカラタール氏の命
を奪えばいいのではない、カラタール氏の携えている書類をも、そして彼の従者等の命をも、もしカラタール
氏が彼等に秘密を打明けておると信ずべき理由があるなら、奪わなければならないのだ。
『大西洋の彼方で長蛇を逸した以上、英国こそ今は我々一味の活躍すべき舞台である。それも、彼がやがてリ
ヴァプールの埠頭に姿を現わすであろう、その刹那から、倫敦(ロンドン)で下車する瞬間までの間において
である。倫敦(ロンドン)へ到着するやいなや、彼はかなりの人数の護衛者を身辺に附する約束をしたと信ず
べき理由が我々の方にはあったのだから。我々は六通りの計画を立てていた。そのいずれをとることになるだ
ろうかは、一々彼の行動次第で定(き)まるはずだ。もし彼が普通列車の便をとるなら、それもよかろう。急
行列車へ投ずるなら、それもよし、臨時急行列車を仕立てようとならば仕立ててもよい。
『だがすべてそれ等の配慮を余が自分自らすることは力の及ばないことだ。仏蘭西(フランス)人たる自分が
英国の鉄道について、どうして精密な知識を持合せていよう? が、そこは金の力である、自分は全英国中で
最も鋭敏な頭脳の所有者の一人を一味として頼むことが出来たのだ。彼の倫敦(ロンドン)西海岸線に関する
知識は驚くべきほど完全精密をきわめたものであり、彼の配下には、頭がよくて信用するに足る職工の一団が
ひかえているのだ。それだから、我々が手を下すに至った荒療治の計画の大部分は彼の頭の産み出したもので
あり、自分はただ局部的に意見を与えたに過ぎないのだ。我々は何人かの鉄道勤務員の買収もした。その中で
の親玉は例のジェームス?マックファースンである。我々の眼は、九分九厘までこの男が、カラタール氏によっ
て請求されるであろう、別仕立列車の車掌に択(えら)ばれるに相違ないことを見抜いていたのだ。それから
機関手のジョン?スレーター、この男にも当ってみたけれど、しかしなかなか骨ッぽい、警戒すべき奴だという
ことを発見した。止むを得ず買収は中止した。我々は、カラタール氏が確かに臨時列車を仕立てさせるに相違
ないとまでは信じてなかった、けれどもそれは十中八九まで起り得べきことだと考えたのだ。緊急な重大事を
ひかえて、一刻も猶予することなく巴里(パリー)へはいりたがっていることを知っているので。
『我々は、カラタール氏がリヴァプールに上陸した時、彼が、危険を予知して、身辺近く護衛者を伴なって来
たことをすぐさま知った。護衛者、しかもそれはゴメズというはなはだ危険な奴である。常に兇器を携えいざ
といえば、それを振廻す男である。ゴメズはまた、カラタール氏の証書類を携える役目を自身で引受け、片時
たりとも注意おさおさ怠りないのだ。我々の睨んだところでは、主人は彼を自分の顧問として何ごとも相談し
ているらしく見えた。であるからカラタール氏一人を片づけたところで、このゴメズを片づけない限り、それ
は全くの徒労というものだ。我々にとっては、彼等を同じ運命の坑(あな)に放り込んでしまうことが必要な
のだ。そしてその目的に対する我々の計画は、彼等が果して別仕立列車を請求することになったので、非常に
好都合に捗(はかど)ったのだ。列車に乗込むべき三名の乗務員のうち、二名まで我々の買収した一味の仲間
なのだから。生涯を安楽に暮せるだけの大金を握らせて。
『自分が絶好の英国人を一味に加えたことは前にも言った通りだ。彼は赫々(かくかく)たる未来ある有為の
人物だったが、その後咽喉病に犯されたために夭死した。その男がリヴァプール駅で一切の手筈をやった。余
は一足先にケニヨンまで行っていて、駅前の旅店に根拠を構え、暗号の飛来してくるのを待っていた。列車の
配車が出来ると同時に、彼は余の手許へ打電して、すぐに手抜かりなく準備をととのえろと知らせて来た。彼
は自ら、ホレース?ムーアという偽名をなのって、駅長に、至急倫敦(ロンドン)行きの別仕立列車を仕立てて
もらいたいと申出でた。それは表向きで、心中ではカラタール氏と同車が出来るだろうと期待していたのだ。
そうなれば、何かにつけて便利だろうと考えたから――例えばもし、我々の大隠謀(だいいんぼう)が失敗に
帰した場合彼等両名を射殺(いころ)した上、書類を奪い取るのが彼の役になっていたのだから。カラタール
氏は、しかし、決して気をゆるさなかった。そして他の旅客を相客に持つことを絶対に拒絶した。そこで我が
腹心は停車場を去った――というのは実は見せかけで、あらためて他の入口から歩廊(プラットホーム)に忍
び入り、歩廊(プラットホーム)から一番遠くの方に位置していた車掌乗用車の中(うち)に姿を匿(かく)
した、そして車掌のマックファースンと同乗して出発したのだ。
