2025年春。


岡山から奈良に引っ越した

私と子供達。



ラジはその間、アイダホ勤務でしたが、また今年はシンガポール勤務。



プリクラ。

オデコも白く加工してあげてー

来年は、もしかしたらサウジアラビア勤務かも?!




ミャーカは中3。
東大阪の高校受験勉強中です。


Zen大学生のケントはなんと奈良で民泊を立ち上げました〜




築80年の古民家のエモさと、リノベしたての快適さの両立を目指したよ。









2人で全部やったよ〜
時には喧嘩しながら。。。





海外在住で日本に里帰りする人。

旅行中、洗濯物むっちゃ溜まって大変でしょ?!

うちらも、ずっとそうやったー(ToT)

洗濯にまつわるストレスを旅人から、解放してあげたい!
もテーマの一つやったのよ。



鹿も時々遊びに来るよ〜♥


AIではないよ〜!  ↑


季節によっては5人まで泊まれる〜

宿の名前は"YAMATO"




ブログ読者には、ぜひ安くで泊まってほしいから、ブログでメッセージかエアビーで予約する時に言うてね!


昨日は、小さい頃から行っていた大阪、鶴橋のお祭りに行ってきました。









大阪市内では基本このお囃子です。
(岸和田とかのだんじりは全然違います)

私もそうですが、トランス音楽が好きな人にはたまらないと思います。


上手い人は、龍が乗り移ったかのようになります。

そうすると、ちょっと、動きと太鼓などのリズムにほんの少し間(マ)ができます。

目は虚空へ。


低音の太鼓や、銅鑼(ドラ)の音にのって。。。

地中深くから、動き出した龍が暗い地中をずんずん斜め上に向かって進み、地に出て、空を駆け巡り、雷を鳴らし、飛んで行く様が、目に浮かぶようです。





コリアンタウンも巡行。



休憩は水冷麺。

いつも行く、60代のオモニがやっているお店。
鶴橋商店会ロードにある
『韓国料理 釜山』

テールスープも絶品です。


タラチゲとチヂミもおすすめ。





今日も1日中だんじりは巡行してます。

夜9時から1時間。
疎開道路、御幸森神社で数台のだんじりが集まるパレードがあります。

圧巻だと思います。

来れる方は、来てくださいね。

私達も参戦中です♥



2025年3月
岡山に住んでる私と子供で、
ラジに会いにシンガポールへ。


そして家族みんなでボルネオ島へ🛩️







海ぶどうが美味しすぎた。




ボルネオは人も街の空気もご飯もよくて、みんな癒されました。


そして、
2025年4月
私と子供達は岡山から奈良へ引っ越し。

同じ頃、
ラジはシンガポールからアイダホへ転勤(1,2年ぐらい?)



私と子供達は奈良で新生活。

早、2ヶ月近く経ちました。


今日は、ケントが奈良市最古の神社のお祭りで傘持ちに参加させてもらいました。


むっちゃ重かったらしいです。



ミャーカも元気に中学校に通ってます。








最近、子鹿がいっぱいです♥


26歳のとき。京都の大学を卒業してすぐに、私は上海に引っ越しました。


当時は父が上海の郊外で日本の会社の上海工場を任されいました。上海の片田舎です。(今も父は中国人と再婚してここに住んでいます、今年で27年目。)


父が2,3人の日本人と住んでいた宿舎は工場の敷地内にありました。

宿舎と言っても、大きめの戸建てという感じです。

2階には3部屋のベッドルームがありました。

そこに遊びに行った時のことです。


宿舎2階の父のベッドでウトウトしていたんです。

お昼間。


すると、グワングワンと音がして、またいつもの様に金縛りになって、 足の指から体が粒子化して、幽体離脱しました。


すると、そこは、緑がかったセピアな世界でした。


あ!ここは過去だ。

と、すぐに、わかりました。


どうやら、ガランとした古びた病院の大きな病室に瞬間移動したようです。

天井も高いです。


私が横たわっているベッドのほかにベッドが2、3個視界に入りますが、金縛りで首も動かせないので、病室全体は見渡せません。


すると病室のすみの方から、ベッドに横たわる私の方に、赤ちゃんを抱いた女の人がゆっくり近づいてくるのです。


その赤ちゃんの肌も女の人の肌も、土気色の緑色をしているんです。緑がかったコンニャクのような色です。


あ、死んでる人だ!


女の人は、この子におっぱいをあげてちょうだい、という感じで、赤ちゃんの顔を私の方に見せるように抱きながら、近づいてくるんです。


私の目をみながら。

赤ちゃんも、私の方をじっーと見すえています。


この赤ちゃんに、おっぱいを吸われたら、私は死ぬ。


と、確信しました。



でも、金縛りで体は動かないし、ジワジワ2人は近づいてくるし。

どうしよう。。。(汗)


その時。

思い出したのです。


父のところに遊びに来る数日前に、ある富豪のアルジェリア人と出会ったんです。


当時、私は絵を描いていて、その縁で出会いました。


その人が、『君にはこれが必要になる』って突然、言って。


ヒマラヤのすごく貴重らしい(むっちゃ高価だったはず)クリスタルのすごく長いクラスターをくれたんです。



(イメージ写真です。実際はもう少し細く透明で、手からはみ出します)

実際に彼がヒマラヤで買ったものらしく、自分も一個同じものを持っていて、旅行に行くときは、いつも持っていくらしいのです。



皮膚が土気色の緑の二人がさらに、じりじりと私のベッドに近づいて来ようとしています。。。。


ふと、あのクリスタルを父の宿舎の部屋のベッドサイドテーブルに持ってきてたのを思いだしました。


そして枕元のクリスタルを想像したら、なんと自分の胸から大量の光が出たんです。

ビーム光線みたいに。


ウルトラマンの胸のピコピコがある場所からです。



私と赤ちゃんを抱いてる女の人との間が、あたり一面光に包まれました。


光が当たって女の人は、苦しいのか、眩しいのか、私に近づけなくて、後ずさりしたんです。


でもずっとベッドに横たわりながら、ビーム出すのも疲れるんです。。。💦


胸から光を出すときに、結構、胸に圧力をかけないといけなくて。


例えば、すごく細くて長いチューブに息を吐くみたいな。

そういう圧力が胸にかかるんです。


疲れると、光の量が少なくなって、また赤ちゃんを抱いた女の人が、ゆっくり私の方に、じりじり前進してくるんです。


危ない!触られる!

と思うとまた光を、頑張って出すんです、胸から。


この攻防を3回ぐらい繰り返したでしょうか。


とうとう疲れてしまって、光の 量が少なくなったのか、女の人は、もう私のすぐ近くまで来ています。


もう、ダメだ!




と思った、私は、

こっちの世界にピューっと、一瞬で移動して、戻ってきたんです。


体を起こしても、まだハァハァ、息が切れていて、心臓の鼓動は早いままです。


ベッドから飛び起きて、すぐさま、隣接してる工場の事務所に行きました。



父の秘書の中国人に聞きました。


『ねえ!この工場って、建てられる前は何があったの?』


『ここは昔病院だったんですよ。幽霊の噂もあったし、誰も地元の中国人は買わなかったです。

でもmomoさんのお父さんは幽霊見えないし、安いから、ここでいいって、ここに決めたんですよ。


でも工場建てる時に、地面掘ると、いっぱい人骨が出て。


特に宿舎の横の小さい水路は何体も出たですよ。

人骨が出るからやりたくない、って言って、建設会社が、2回も変わったですよ。


工場出来上がってからも、警備員が夜見回りで、幽霊が出るから怖いって、何人かやめました。笑」


私が、『さっき、金縛りになって。死んだ赤ちゃん出てきて大変だったよ』

と、ざっくり言うと。


『あー。そうでしたか。

中国ではね。そういう時、大きな声でその人を起こしたら、心臓が止まって、魂が体に帰ってこれなくなるって言われてるんですよ。

momoさん、死ななくて、よかったですね。笑』って。


そして数ヶ月後。



またこの宿舎へ遊びに行くと、宿舎の風呂場が増改築されて、風呂場の湿気が全く逃げなくなっていました。


暗くて、どんより重たい空気が宿舎全体に漂っていて、 あまりの変わりように、びっくりしました。


今まで2年ぐらい、遊びに行っていたこの宿舎で、初めて幽霊のような良くない気配を感じました。



中国人の友達には、たくさん爆竹を鳴らしたら幽霊は出ていくと言われ、買って持っていった時のことです。


真昼間に宿舎の2階に行くと、真っ黒い渦のようなものが廊下の突き当たりに見えて、もう私はそこより先は怖くて、入れなくなったのです。



私が幽体離脱して 赤ちゃんと対峙した部屋も2階です。


当時は明るかった廊下ですが、もう今では真っ昼間なのに、真っ暗なんです。


もう手遅れだ、爆竹ではもう効かないな。。。と。


その日以来、宿舎の二階はおろか、もう宿舎自体にも行かなくなりました。


この会社は元々、本社は大阪にありました。

父の義理のお兄さんの会社なのですが。(父のお姉さんの旦那さんの会社です)

上海の支社を父が任された感じでこの工場を建てたのです。


ただ、もう1軒、中国で松⚪というところに、工場を建てたのが良くなかったのか、それを境にどんどん、経営が悪化し。


たった1年半で大阪の本社、松⚪、上海の工場が倒産したばかりでなく。


この父の義理のお兄さんの家族内では、立て続けに3人も亡くなったのです。


1年半の間に会社が3箇所、倒産。

その1年半の間(厳密に言えば、10ヶ月の間)に、お孫さん(10代)、 娘さん(40代)、社長自身(70代、父の義理のお兄さん)が亡くなったんです。


私が赤ちゃんの幽霊と対峙してから一年経つか経たないかの期間です。


私はその松⚪の工場のことは詳しくないので、何が原因なのかわかりません。

もしかして、日本側に問題があったのかもしれません。


ただあの宿舎のブラックホールみたいな黒い渦も関係しているのではないかと思います。


そのブラックホールの黒い渦に一番近い部屋に寝てたのは社長の息子さんで、日本と上海を行ったり来たりしていました。


彼にとっては、甥っ子、姉、父が10ヶ月の間に亡くなったことになります。


よく古井戸の上に家を建てたら、 こういうことが起きる話を聞きますが。。。


もしかして、風呂の増改築によって、何か、人骨のあった水路や古井戸かが繋がって、家の中に、よくないものが出入りできるポータルのようなものができたのかもしれません。


とにかく、同じ家族内で3人も10カ月以内になくなるって普通じゃない気がしました。


私はこの頃にはもうインドに引っ越して、息子をすぐ身ごもりました。


遠く離れて、難を逃れたような気がします。


しかし、二十数年後、これを書いている今、私はその家族の地元である奈良に住み始めています。。。


もう一つ不思議なのは、あの日 あの後、クリスタルが跡形もなく消えたことです。


事務所に行って、秘書の人と話した後、部屋に戻って探してもどこにもないのです。

たった6畳ぐらいの部屋なのに。


あの大きなクリスタルとは短くて、不思議な付き合いでした。。。






ラジと結婚してからは、不思議な出来事は、ほとんど起きず、子育てに、忙しくしていた時のことです。


台湾に住んでいたいた時のある昼下がり、日本人の友達Yさんと、マンションでおしゃべりをしていました。


そのマンションは28階で、リビングの大きな窓から、街全体が見渡せました。

その日は、大雨がふり、稲妻が光っていました。

ふと、窓の外を見ると、大阪の丸ビルみたいな胴回りの大きさの、巨大な蛇のようなものが目の前の空中を飛んでいるのが、見えました!


目が釘付けになりました。
ポーンポーンポーンポーンポーンポーン


丸ビル ⬆️

龍はある場所に急降下して、地上数メートルから10メートルぐらいすれすれの場所に近づくと、その場所だけ、さらに雨が激しくなったのです。

局所的に雨を強く降らせた龍は、くるっと方向転換して上に向かって飛び、そのまま山のある方向にスーッと飛んでいきました。
その間、15秒ぐらいだったと思います。

あっけにとられて見入っていた私は、龍が消えてしまってから、やっと、Yさんに、龍のことを言いました。

(今思えば 多分Y さんの時間は止まっていたんだと思います。だって、目の前にいるさっきまで喋っていた友達が15秒も, あっけにとられて窓の向こうを見ているのに、何も気づかないわけないですよね?)

その龍の頭は蛇やトカゲのような形で、鳥の手のような短い前脚や、後ろ脚がありました。


後ろのほうに行くにつれて胴体は、少し細くなっていました。龍というより、空飛ぶ蛇のようでした。


色は、水墨画のような黒っぽい色に、一滴、緑色を落としたような、そんな色でした。

ただ、あの日は大雨で空気が灰色にけぶっていたので、実際の色はもうちょっと緑っぽいのかもしれません。

もう一つ、印象的だったのは、龍の目が、トカゲや、蛇が地面を歩いている時のような、普通の素(す)の目をしていたことです。




龍の彫刻や、ふすま絵でみるような目に怒ってるような感情とかが、一切なかったのです。



翼はありませんが、アニメでみるように、空中を、泳ぐみたいに、大きくうねるように飛んでいました。

台湾で龍を見た数カ月後、私達家族は、また他の国に引っ越したのですが。。。。



私は、大阪で生まれ育ちました。中学でスイス短期留学、高校はアメリカ留学。

大学以降は京都に住んでました。


25歳には、スーツケース1つで単身、上海へ引っ越し。


途中、中国にも飽きて。。。

27歳インドを一人で半年間、バックパックしたのです。


これは半分、冒険、半分婿探しの旅でもありました。


幽体離脱し始めた8歳の頃から、


なぜか将来、インド人と結婚することは知っていて、周りにも言っていました。


しかし、半年かけて、 地球の四分の1の距離をインド内でグルグル旅をしても、 将来の伴侶とは会えず。


上海に戻り。

そこでインド人のラジと出会いました。28歳でした。



大昔の写真です ⬆️

(会った瞬間、この人と 結婚するんだと一目で分かり、 ビックリしました。でも全くタイプではなかったですが!多分、お互い。。。笑)


そして、インドでケントを出産し(インドで帝王切開!)




2児目はインドで死産。





ラジの転勤でアジア圏をぐるぐるしました。



北京

シンガポール

台湾(2度目は流産)

上海

2度目の台湾

2度目のシンガポール

で、やっと、第二子のミャーカを出産。




そして2022年まで平安にシンガポールで暮らしていましたが。



これ以上、枠を打たせないために、ラジと離れて、子供達と日本へ帰ることになったのです。


私たちは、岡山で2年半の間、ラジの勤務地であるシンガポール、台湾、マレーシアを行き来してきました。


ちなみに、2025年春からの居住地は子供達と奈良に決めました。


さて、 そんな私が、

台湾に住んでいた頃の話です。


ある昼下がり、台湾に住んでいる日本人の友達Yさんと、マンションでおしゃべりをしていました。


そのマンションは28階で、リビングの大きな窓から、街全体が見えるのです。


すると、

つづく

初めての方は、こちらからどうぞ


Aさんとの事があって、数ヶ月程たったある日のことです。


当時、私は、ひょんな縁から、京都の霊山に建つ寺に管理人として一人で住んでいました。
まだ24歳でした。

居間からは清水寺が下に少し見える、そんな浮世離れした山の1300年の古刹に一人で住んでいたのです。



のちに、知ったことなのですが、この山は、あの世とこの世の境のむこう側と言われ、平安時代から常人は足をふみいれてはならないと言われていた場所でした。

神仏分離以前は、坂本龍馬たちの墓も、元はこの寺の領土だったのです。

そんな寺にある日、中年の男性が訪ねてきました。
いつもは訪ねてくる人のいない、ひっそりとした寺です。





その男性は、あのAさんの旦那さんでした。


「妻の居場所を知りませんか?」と私に聞きました。

庖丁沙汰になったことを思い出して、私の胸の鼓動は早くなりました。。。。。

しかし、
Aさんは、引越され、それ以来会っていなかったので、
冷静を装って、

「奥さんがどこにおられるか、知りません。この数ヶ月、連絡を取っていません。」と正直に言いました。

旦那さんは、なるほど陶芸家の風情があり、がっしりしていて、学校で美術の先生もやられているだけあって、常識のある普通の方にみえました。


「そうですか。」
と、旦那さんは、うなずかれただけで、私は、少し拍子抜けな感じがしたくらいです。

ちょうど、時刻は夕暮れ時でした。

旦那さんには、「どうぞ、縁側でごゆっくり夕日をお楽しみください。」と、庭に案内し、自分は、奥に下がりました。



お茶を淹れて、庭にもどると、縁側に座っていた旦那さんは、
眼前の夕日に染まる京都の街は見ておらず、焦点の合わない目で、まばたきせず、斜め下の砂利を見ています。

そして、ブツブツ、息継ぎもせず、一人で、ずっと何かを話しているのです。

お茶をお出ししようと、近づいた時、旦那さんが話している言葉が聞こえて、背筋が凍ってしまいました。。。

それは、今までに聞いたことのない、とてもじゃないけど、人間が発声できるような言葉ではなかったのです。

っぱ、っだ
ぷっ、などの濁音や破裂音が多く、とてつもなく早口で、複雑な言葉で,音質は重低音の電子音の様でした.
実際にはもっと複雑な言語で、息継ぎはどうしているのだろう?と思うぐらい早く、低い声でした。

旦那さんのあの言語は地球のものではないと、断言できます。
それほど、人間には不可能な、発声と、スピードと、電子音的な音質だったのです。

地球の地の底から発しているような感じがしました。

「どうぞ、ごゆっくり」
と、おそるおそる縁側に置いたお茶にも、私にも、気づくことなく、旦那さんは、まばたきせず、焦点の合わない目で、ずっとブツブツ喋り続けていました。

まるで、この世のものでない誰かが、旦那さんの体に憑依して、一方的にずっと喋り続けているようでした.

あー、これが、Aさんが言っていた、低い周波数のものを、旦那さんが拾って、交信してしまう。って事だったのかと思いました。

20分ぐらい経った頃、「お邪魔いたしました。」という旦那さんの声が、聞こえて、縁側に行ってみると、

旦那さんは、ここに来た時のような元の姿に戻っていました。

「いい景色でした、どうもありがとうございました。」
と、一礼して、何事もなかったかのように、
石段をおりて行かれました。



そもそも、旦那さんはなぜ、私がこの寺に住んでいることを知ったのだろう。。。

旦那さんから逃げて居場所を転々としていたAさんが言うわけ無いだろうし、一体、誰がこの寺の事を言ったんだろう。


自分のマンションに来た声の高い宇宙人、そして、旦那さんの喋る声の低い宇宙人?。。。。。

また、新しい謎が増えた日でした。





初めての方は、こちらからどうぞ↓



「あれは金縛りではなかった」


マンションでの出来事があってから、3年ほど経った時のことです。


私は、ある女性と知り合いました。
Aさんは、穏やかな話し方をする素敵な方でした。
私は、Aさんの子供さんに英語を教えていました。

もともと、Aさんは陶芸家のご主人と、滋賀の山奥に住んでおられたそうです。

Aさんは、幼少期から、人には見えないものが見え、人には聞こえないものが聞こえ、大変、苦労してきたらしいのです。


けれど、年齢を重ねるにつれ、ラジオのように、自分の望む周波数だけに、チャンネルを合わせれるようになってからは、見たいものだけが見え、聞きたいものだけを聞けるようになり。

人生がとても、楽になったらしいのです。

しかし、
そんなAさんの能力に憧れたご主人が、やみくもに、自分も交信しだし、低いものに周波数を合わせてしまい、魑魅魍魎なものと交信しだしたらしいのです。

そして、低い周波数にアンテナが合ってしまった旦那さんは、次第におかしくなり、暴力をふるいはじめたのです。。。

そしてある晩、Aさんは、庖丁を持って襲って来る旦那さんから、着の身着のまま、裸足で、子供達と車に飛び乗り、知り合いのいる京都に、逃げてきたらしいのです。

そんなAさんの身の上話を聞いているうちに、
不思議な能力を持ったAさんなら、もしかして、あの日マンションに訪ねてきた霊の正体が何だったのか、わかるかもしれないと思い、私は、あの日の出来事を話したのです。


この記事の文章の順序と同じく、実際に起きた通りの順序でAさんに説明しました。

ちょうど、
「遊ぼうよ、遊ぼようよ、っていう声が直接脳に入って来ると同時に、9回肩を叩かれたんです。」と言ったところで 、Aさんは、

「ちょっと待ってください。」

と、私の話を、穏やかに遮ぎりました。

畳の上に座っていたAさんは、正座に座り直し、右手の人差し指をクルクル、小さく回しています。


まるで、阿弥陀様や観音様のようだなぁ。。。

そのなんとも言えない、Aさんの、たおやかな姿に見とれてれていると,

「今、上から,
きょうこさんにメッセージが来ているので、お伝えしますね.

『遊ぼうよ。遊ぼうよ。』という意味ではなく、
「あなたの」
「魂よ」
「起きなさい」

と、いう意味で、9回叩いたんですよ。とおっしゃっていますよ。」と、Aさんは言いました。

「数人ではなく、もっともっとたくさんの人数で来たと笑っておられますよ。」

と、Aさんは、少し笑いながら言いました。

Aさんが、指をクルクル回して、
メッセージを受信するさまは、
空母艦の回転するレーダーをお思い出しました。



私は、 Aさんから聞いたことを消化できませんでしたが、
「なぜ私を、起こしに来たんですか?」と聞きました。

Aさんは、私には聞こえない誰かと頭の中で会話しているのでしょう。
小さく、うなずいています。

「『元々、きょうこさんが、あらかじめ、自分を起こしに来てくれと、私達に頼んでいたから来たんですよ。
私達はあなたの仲間で、小さい頃から、何度も何度も、あなたのところに、来ています』、と、おっしゃって言ます。」とAさんは、言いました。

「『自分たちの姿をみると、あまりにショックを受けるので、いつもきょうこさんの目が見えない状態にしていた』とおっしゃっています。」と、Aさんが、続けます。

「私はあの日,どこに行ってたんですか?」
と私が聞くと、
「銀河に2週間、あそびに行っていたらしいです。地球時間では、2時間ほどらしいです。」

「『今回は、初めて、一つだけ、証拠を残していきました。
家中の時計を一時間、遅らせました。私達のいたずらを、気に入ってもらえましたか?』
と、仰っています。」と、Aさんは微笑んでいます。

そこで、私はハッとしました。

Aさんには、家中の時計が一時間狂っていたくだりは、まだ話していなかったのです!

このことをAさんが知っているはずがないのは, 
誰にも、今まであの日のことを話していなかった私が、 一番よく知っていました...


あの日のアレは、子供の幽霊ではなかったのはわかりましたが、正体は宇宙人という、また新たな謎が増えた日でもありました。。。。


「身体に戻って来ると。。。。」


そして、次の瞬間には、私はソファの上で目を覚ましていました。

ゆっくり眠りから覚めるというのではなく、突然、100パーセント目が覚めた感じです。
頭は完全に覚醒しています。

体を起こして、ソファの上に座ると、まず空気に違和感を覚えました。

水を打ったように、空気が静かで、冷え切っているのです。意識は失っていても、自分の身体はずっとこの部屋にいたはずなのに。

まるで一日中、家を留守にしていた我が家に帰った時のような静寂な空気感だったのです。

自分の肉体はずっとそこにあったはずなのに、
空き家の扉を開けた時感じるような、空気の粒がずっと動いてなかった感じがしました。

自分が一体どれぐらいの時間、意識をなくしていたのか知りたくて、ソファの足元に置いてあった、目ざまし時計を手に取りました。

12時26分をさしていました。

あれ、まだ、そんな時間なんだ。。。。
確か、ソファでウトウトしだしたのが 午前11時半ごろのはず。。

自分的には、もっと時間がたっている感覚がありました。
不気味なほどに静寂した空気が怖くて、すぐにテレビを付けました。

「徹子の部屋」がやっていました。


見慣れた徹子さんの顔をみると、すこし、ホッとしました。

あら?

徹子の部屋は1時20分からはじまるのに、なんで、12時26分にやっているんだろう。。。。(放送時間は、1時15分からでした)

高校野球中継で、時間が早まったのかな?
と思いましたが、今は11月で、高校野球はやっていません。。。

ソファから立ち上がり、電子レンジの時計をみるために、キッチンの方に行きました。

電子レンジは12時27分をさしています。

次に、寝室の電話をみにいきました。

やはり電話には12時27分と表示されています。

じゃあ、なぜ徹子の部屋がやっているんだろう。。。


最後に、時報に電話をして、現在時刻を確認してみることにしました。


時報に電話してみると、


「ただいま、
13時27分です。」

え?13時27分?


ということは、
目覚まし時計、ビデオデッキ、電子レンジ、電話、この4つの時計が、ちょうど1時間ずれているということか。。。?

とにかく、
自分は11時すぎぐらいに金縛りにあって、13時25分まで、だいたい2時間半ぐらい意識がなかったんだな、というのは、わかりました。


(当時は知りませんでしたが、マンションの裏は、平安時代に呪いによって殺された天皇の火葬塚でした。とても小さい面積です。抹茶色のものは、水です。)


私の感覚では、彼らは、玄関のドアの方からではなく、寝室の窓のある、こっち側から来たのだと思いました。


この日あったことは誰にも言うことなく、私は、いつもの大学生活に戻って行きました。

続きはこちらから↓



「人間ではないモノがマンションに来た日のこと」



大学の頃、私は、京都の4階建ての小さなマンションに住んでいました。




初めての方は、こちらからどうぞ。。。↓





午前11時過ぎ頃、私はソファの肘置きに頭をのせて、ウトウトしていました。


すると突然、あの蚊の飛ぶような音がし始めました。
ブ~ン🎵
金縛りが始まる合図です。

いつも通り、耳から上は、


反重力感と共に、両足の親指からは、細かいキラキラする粒子が波のように上がってきます。


すると、誰かがキッチンを歩いている足音が聞こえてきました。




あ、誰かがいる!

玄関の鍵はかかっているのに。。。

泥棒??!!


今までの金縛りで、こんな事は初めてです。
恐怖で、背筋が凍りました。



キッチンとソファとの距離はたった3メートルほどです。

体は身動きできませんでしが、息を止め、耳に、全神経を集中させました。

フローリングの上を歩く足音だけでなく、フローリングの下にあるコンクリートに響く足音と振動までもが、ソファに横たわる私の耳に、響いてきます。


その足音の大きさから、どうやら背の高い、割とがっしりした大人の男の人のようです。

足音の主は、キッチンをぐるぐると円を描くように歩いています。だんだん少し、早足になっています。

ソックスのような物を履いているのか、裸足の時に聞こえるような、肌とフローリングとのペタペタ音は聞こえませんでしたし、土足の足音でもありませんでした。

金目の物なんてないのに、なぜ、キッチンを、ぐるぐるまわっているんだろう、と不思議に思いました。
戸棚を開けて、物色するような音もしません。


金縛りはあいかわらずで、
グワ〜ン、グワ〜ンという音を鳴らしながら、私の体は足の方から粒子化していっています。

その足音の主が、今度は、なんとソファに横たわる私の方に近づいて来ました。

ソファに横たわりながら、恐怖に凍っていると、私の肩を、
ドン ドン ドン
ドン ドン ドン
ドン ドン ドン

と、3回づつ、3拍子で、合計、9回叩いたのです。

「遊ぼうよ、遊ぼうよ、遊ぼうよ。」
と、3回、テレパシーのように、私の脳に直接伝えてきました。

どしっと、大きな厚さのある大人の手でした。性別は男だと思いました。

けれど私の横に立っているその主は、意外と、背が低く感じました。

私の頭がのっているソファーの肘掛けより、ほんの少し上に、その人の頭がある感じがしたので、意外と背が低いのかなと思いました。
(しゃがんでいたのかも知れませんが。)

なんだ、子どもの幽霊か。。。
でも、そのわりには、手ががっしりと大きいな。。。

遊ぼうよ、と言われて、不思議と、怖い感じがしないな。。。

でも、
絶対、行ってはだめ!
なんとか、阻止しないと、この子供の幽霊に異世界に連れて行かれてしまう!

と思っていると、
リビングの分厚いコンクリートの壁越しに、変な声が聞こえて来ました。
そこはトイレのある廊下です。


青い部分が、廊下です。

数人の人たちが、廊下で喋っているのです。

とてつもない早口で、まるでイルカのような高音と話し方で、エレクトーンで出した電子音のような感じです。

今まで、聞いたこともないような複雑な発音でとてつもなく早口です。
何より人間にあんな電子音の声は出せません。

そのコンクリートの壁には鉄筋が入っていて、20センチ近い厚みがある壁なのです。

そんな壁を通っているはずなのに、その音はくぐもった、低い音ではなく、クリアな、キンキンした高音のままソファに横たわる私の耳に届いているのに、違和感を感じました。

(普通、壁が厚いと、高い音が吸収されて、低い音だけが外に出て、くぐもった低い音しか外に聞こえないらしいのです。)

肩をたたいた人が、私を連れてくるのを仲間達が廊下で待っているのだと、直感的に感じました。

この幽霊達に異世界に連れて行かれては死んでしまうかもしれない。。。

けれど、粒子はとうとうおへその上辺りまで来て。。。。
意識がもうろうとして。。。。

パーンッ!と、完全に意識が飛んでしまいました。。。。。