26歳のとき。京都の大学を卒業してすぐに、私は上海に引っ越しました。
当時は父が上海の郊外で日本の会社の上海工場を任されいました。上海の片田舎です。(今も父は中国人と再婚してここに住んでいます、今年で27年目。)
父が2,3人の日本人と住んでいた宿舎は工場の敷地内にありました。
宿舎と言っても、大きめの戸建てという感じです。
2階には3部屋のベッドルームがありました。
そこに遊びに行った時のことです。
宿舎2階の父のベッドでウトウトしていたんです。
お昼間。
すると、グワングワンと音がして、またいつもの様に金縛りになって、 足の指から体が粒子化して、幽体離脱しました。
すると、そこは、緑がかったセピアな世界でした。
あ!ここは過去だ。
と、すぐに、わかりました。
どうやら、ガランとした古びた病院の大きな病室に瞬間移動したようです。
天井も高いです。
私が横たわっているベッドのほかにベッドが2、3個視界に入りますが、金縛りで首も動かせないので、病室全体は見渡せません。
すると病室のすみの方から、ベッドに横たわる私の方に、赤ちゃんを抱いた女の人がゆっくり近づいてくるのです。
その赤ちゃんの肌も女の人の肌も、土気色の緑色をしているんです。緑がかったコンニャクのような色です。
あ、死んでる人だ!
女の人は、この子におっぱいをあげてちょうだい、という感じで、赤ちゃんの顔を私の方に見せるように抱きながら、近づいてくるんです。
私の目をみながら。
赤ちゃんも、私の方をじっーと見すえています。
この赤ちゃんに、おっぱいを吸われたら、私は死ぬ。
と、確信しました。
でも、金縛りで体は動かないし、ジワジワ2人は近づいてくるし。
どうしよう。。。(汗)
その時。
思い出したのです。
父のところに遊びに来る数日前に、ある富豪のアルジェリア人と出会ったんです。
当時、私は絵を描いていて、その縁で出会いました。
その人が、『君にはこれが必要になる』って突然、言って。
ヒマラヤのすごく貴重らしい(むっちゃ高価だったはず)クリスタルのすごく長いクラスターをくれたんです。

(イメージ写真です。実際はもう少し細く透明で、手からはみ出します)
実際に彼がヒマラヤで買ったものらしく、自分も一個同じものを持っていて、旅行に行くときは、いつも持っていくらしいのです。
皮膚が土気色の緑の二人がさらに、じりじりと私のベッドに近づいて来ようとしています。。。。
ふと、あのクリスタルを父の宿舎の部屋のベッドサイドテーブルに持ってきてたのを思いだしました。
そして枕元のクリスタルを想像したら、なんと自分の胸から大量の光が出たんです。
ビーム光線みたいに。
ウルトラマンの胸のピコピコがある場所からです。
私と赤ちゃんを抱いてる女の人との間が、あたり一面光に包まれました。
光が当たって女の人は、苦しいのか、眩しいのか、私に近づけなくて、後ずさりしたんです。
でもずっとベッドに横たわりながら、ビーム出すのも疲れるんです。。。💦
胸から光を出すときに、結構、胸に圧力をかけないといけなくて。
例えば、すごく細くて長いチューブに息を吐くみたいな。
そういう圧力が胸にかかるんです。
疲れると、光の量が少なくなって、また赤ちゃんを抱いた女の人が、ゆっくり私の方に、じりじり前進してくるんです。
危ない!触られる!
と思うとまた光を、頑張って出すんです、胸から。
この攻防を3回ぐらい繰り返したでしょうか。
とうとう疲れてしまって、光の 量が少なくなったのか、女の人は、もう私のすぐ近くまで来ています。
もう、ダメだ!
と思った、私は、
こっちの世界にピューっと、一瞬で移動して、戻ってきたんです。
体を起こしても、まだハァハァ、息が切れていて、心臓の鼓動は早いままです。
ベッドから飛び起きて、すぐさま、隣接してる工場の事務所に行きました。
父の秘書の中国人に聞きました。
『ねえ!この工場って、建てられる前は何があったの?』
『ここは昔病院だったんですよ。幽霊の噂もあったし、誰も地元の中国人は買わなかったです。
でもmomoさんのお父さんは幽霊見えないし、安いから、ここでいいって、ここに決めたんですよ。
でも工場建てる時に、地面掘ると、いっぱい人骨が出て。
特に宿舎の横の小さい水路は何体も出たですよ。
人骨が出るからやりたくない、って言って、建設会社が、2回も変わったですよ。
工場出来上がってからも、警備員が夜見回りで、幽霊が出るから怖いって、何人かやめました。笑」
私が、『さっき、金縛りになって。死んだ赤ちゃん出てきて大変だったよ』
と、ざっくり言うと。
『あー。そうでしたか。
中国ではね。そういう時、大きな声でその人を起こしたら、心臓が止まって、魂が体に帰ってこれなくなるって言われてるんですよ。
momoさん、死ななくて、よかったですね。笑』って。
そして数ヶ月後。
またこの宿舎へ遊びに行くと、宿舎の風呂場が増改築されて、風呂場の湿気が全く逃げなくなっていました。
暗くて、どんより重たい空気が宿舎全体に漂っていて、 あまりの変わりように、びっくりしました。
今まで2年ぐらい、遊びに行っていたこの宿舎で、初めて幽霊のような良くない気配を感じました。
中国人の友達には、たくさん爆竹を鳴らしたら幽霊は出ていくと言われ、買って持っていった時のことです。
真昼間に宿舎の2階に行くと、真っ黒い渦のようなものが廊下の突き当たりに見えて、もう私はそこより先は怖くて、入れなくなったのです。
私が幽体離脱して 赤ちゃんと対峙した部屋も2階です。
当時は明るかった廊下ですが、もう今では真っ昼間なのに、真っ暗なんです。
もう手遅れだ、爆竹ではもう効かないな。。。と。
その日以来、宿舎の二階はおろか、もう宿舎自体にも行かなくなりました。
この会社は元々、本社は大阪にありました。
父の義理のお兄さんの会社なのですが。(父のお姉さんの旦那さんの会社です)
上海の支社を父が任された感じでこの工場を建てたのです。
ただ、もう1軒、中国で松⚪というところに、工場を建てたのが良くなかったのか、それを境にどんどん、経営が悪化し。
たった1年半で大阪の本社、松⚪、上海の工場が倒産したばかりでなく。
この父の義理のお兄さんの家族内では、立て続けに3人も亡くなったのです。
1年半の間に会社が3箇所、倒産。
その1年半の間(厳密に言えば、10ヶ月の間)に、お孫さん(10代)、 娘さん(40代)、社長自身(70代、父の義理のお兄さん)が亡くなったんです。
私が赤ちゃんの幽霊と対峙してから一年経つか経たないかの期間です。
私はその松⚪の工場のことは詳しくないので、何が原因なのかわかりません。
もしかして、日本側に問題があったのかもしれません。
ただあの宿舎のブラックホールみたいな黒い渦も関係しているのではないかと思います。
そのブラックホールの黒い渦に一番近い部屋に寝てたのは社長の息子さんで、日本と上海を行ったり来たりしていました。
彼にとっては、甥っ子、姉、父が10ヶ月の間に亡くなったことになります。
よく古井戸の上に家を建てたら、 こういうことが起きる話を聞きますが。。。
もしかして、風呂の増改築によって、何か、人骨のあった水路や古井戸かが繋がって、家の中に、よくないものが出入りできるポータルのようなものができたのかもしれません。
とにかく、同じ家族内で3人も10カ月以内になくなるって普通じゃない気がしました。
私はこの頃にはもうインドに引っ越して、息子をすぐ身ごもりました。
遠く離れて、難を逃れたような気がします。
しかし、二十数年後、これを書いている今、私はその家族の地元である奈良に住み始めています。。。
もう一つ不思議なのは、あの日 あの後、クリスタルが跡形もなく消えたことです。
事務所に行って、秘書の人と話した後、部屋に戻って探してもどこにもないのです。
たった6畳ぐらいの部屋なのに。
あの大きなクリスタルとは短くて、不思議な付き合いでした。。。