まだまだ寒い日が続く。朝に娘を幼稚園に送っていくときに「寒いね~」と思わず私が言うと、

「ほんとだね~。春なのに寒いね。いつになったら春らしくなるんだろうね~」と

えぇ~日本語完璧!ワンダフォー!

息子に同じこと聞いたら、例のごとく「寒くないしな!」で返ってくるんだろうなぁ。

そんな息子が妹とモメていた。話を聞いてみると「とおか」は何日かというもの。

妹が「はちにち(8日)」と答えると、息子がエラそうに「全然ちゃうしな!なぁお母さん」と得意気。

「んじゃ何日のことやと思う?」と聞くと、ち~ぃさな声で「え・・・ろくにち・・・」

違うしな!!それはむいかやしな!

ってことで今日は息子の完敗
発生から5日たってもまだ信じられない。

阪神大震災を経験したときと同じ感覚。

こんなにたくさんの人が亡くなり、行方不明になっている現実に胸が痛い。

阪神大震災の時に遭遇した記憶がまざまざとよみがえる。

交通手段が遮断されていたため、ラジオでのボランティアの呼びかけで、私は4時間歩いてリュックに詰めた物資を届けにいった。

テレビで見たとはいえ、まだ現実としての認識が出来ていなかった私は友達といつも通りに話をしながら、なんとか電車が通っている駅に到着。

トイレをすまそうと向かった所、私の目に飛び込んできた光景は、排泄物であふれかえって異臭を放つトイレ。

足首の高さまで尿がきていて、歩くだけでバシャバシャ音がする。

もはやトイレとはとても呼べない状態でも、そこには長蛇の列。

何日か前まで普通に暮らしてた人が、急にその辺でトイレなんか出来るわけがない。

自分でももちろんそうだ。だけど、トイレとはもはや呼べないその場所に、それでも並ばなければならない。

それが地震の現実だった。

目的地に向かうまでの間、おもちゃの家のようにつぶれた家。茫然と座ってる人。持てるだけの荷物をカートでひいて歩く人、地震の被害の甚大さが自分の身体にしみこんできて、黙々と歩いた。


目的地の小学校に着くと、校庭にうずたかく積み上げられた様々な物資。

私は女性用のナフキンをたくさん持っていったのだけど、リュックから物資を出していると、一人の女性が近づいてきた。

「ひとつ頂いてもいいかしら?」

「どうぞ持っていってくださいね。」私はそう答えた。

これだけの物資が目の前にあるのに、誰も我先にと、取っていく人はいない。

今回の地震で被災された方のインタビューを見ても同じ。相手を気遣い思いやり、言葉を紡げる人々を見て、日本人って凄いなぁと感じずにはいられませんでした。


どうか少しでも多くの人が助かりますように、どうか早く大切な人の安否か早く分かりますように。どうか亡くなられた方が少しでも早くご家族のもとに戻れますように。
























息子は朝に宿題をする。夜は寝るのも早いし、朝のほうがはかどるのでそれはそれでいいんだけど。

朝にするために忘れ物があっても気付くのは朝。

で、宿題の音読をしようと思って、国語の本ががないことに気付いた。

探してもないらしく、どうするのかと思っていたら、「あのさお母さん。俺だいだい覚えてるから口で言うわ!」

いやいや音読だから、それじゃあ音読じゃないからさ。それじゃ暗記だろーよ。

で、計算も親が聞いておいて、チェックしなきゃいけないんだけど、あんまりにも適当にやるので、聞く気にならずに用事していると。


「ちゅーちゅーして聞けよな!」と怒っている。

ちゅーちゅー!!って。お母さんネズミちゃうし~。それを言うなら「しゅうちゅう(集中)」やし~と言い返したら、ゲラゲラ笑っている。

で、肝心の宿題はちっとも進まない。

二年生になってちゃんとやっていけるんでしょうかね・・・