ここで、手術前に中断していた、ノートPCへのLinuxのインストールの話について触れたいと思う。

 以前述べたが、外付けのCD-ROMドライブ経由で、ノートPCにインストールするには、外付けCD-ROMドライブをノートPCに接続するのに使用しているPCカードのドライバをインストールしなかればならなかった

 PCカードのドライバは、雑誌の付録のCD-ROMに収録されていたかもしれない。しかし、JEというパッケージの最新版にPCカードのドライバが入っているとの情報を得た。

 JEは、PCカードのドライバの他にも、日本語環境が充実していた(と思った)のと、JEのCD-ROM1枚で簡単にインストールできそうだと思ったので、JEを購入することにした

 JEのCD-ROMは、秋葉原のLaser5で売っていた。西新宿4丁目のアパートからLaser5に行くのは、まだ、歩幅が1/2で、移動時間が2倍以上かかる体では、大仕事だった。

 それでも、2月の寒空の下、1/2の歩幅でLaser5まで、なんとかJEを購入しに行った。

 JEのパッケージを購入した後、PCカード用のドライバをインストールすることで、ノートPCにLinuxを、あっさりインストールすることができた。

(続き)
 前にも述べたが、手術後は、しばらくは、脈拍が2倍になっていた。それゆえ、手術前のような早さで歩くことができなかった。また、満員電車にも乗ることができなかった

 結局、しばらくの間は、タクシーで、アパートの自室と会社を往復した。会社は、アパートからさほど遠くでなかったので、タクシー料金は、さほどかからなかった。

 ずっと、アパートの自室と会社の往復の生活をするのは不可能だったので、近くのスーパーや書店に行くこともあった。

 歩く速さは、1/2なので、移動するのに長い時間がかかった。

 信号機やバスに乗ろうとするとする時、急いで歩かなければならない状況になったので、心臓にいらぬ負担をかけてしまったのではないかと不安であった

 この年の冬は、雪もかなり降った年であった。それは、術後の私にとっては、過酷なものだった。

 あまりに雪が降る一方、気温が上がらなかったので、誰かが作った雪ダルマが融けずに残っていたが、スモーカー達のタバコが無数に突き刺さって、タバコダルマという感じだった。

 私が復帰してから上司から受けた仕打ちについては述べたが、実家から東京に戻ってからの、仕事から離れた所では、どのように生活していたかを述べることにする。

 その年の東京は、大変寒かった。それゆえ、インフルエンザや風邪をひいている者が多数いた

 私は、インフルエンザや風邪をひいている者から病気をうつされないようにマスクをした。

 マスクは会社の中でもした。実際、会社の中でも風邪やインフルエンザにかかっている者がいて、3月末に会社を辞める者もその一人だった。

 彼は、私がマスクをしているから大丈夫だと思って、私の頭上で激しく咳をしたが、彼の咳の息が耳の穴にかかった

 幸いにして、風邪やインフルエンザにかかることはなかったが、3月末に会社を辞める者の無神経さには腹が立った。

(続く)