いまさらながら「ミリオンダラー・ベイビー」を見た
面白かった
とてもよくできた、よくない映画だと思った

貧乏で恵まれない
誰からも愛されない女性が主人公である
彼女はボクサーになる
ガッツはあるのだ
名トレーナーのもと
チャンピオンは目前
が、汚い手を使う相手にやられて事故
首から下が麻痺してしまう

死にたい
死なせてくれ

名トレーナーは
苦しんだ末に
彼女を安楽死させる

後半は涙なしでは見れない
自分だったらどうするだろうか
彼女を楽にしてあげるだろうか

そのようなことを考える



ここが間違っている
ダマされてはいけない

これは問題の立て方が違う
「彼女を殺す事は正しいか正しくないか?」ではなく
「彼女に残りの人生を楽しませるためには
どのようなサポートができるか?」
でなくてはならない

知りあいの知りあいに
首から下が動かない
呼吸も自分ではできなくなる難病を患った人がいる
本人と家族は格闘している
だがこの人たちの選択肢に
”死ぬこと”はない

弱音は漏れ聞くが
死ぬこと
死なせることを考えると聞いたことはない


自分がこういった現実に直面したらどう思うか
現実には簡単な問題ではない

でもこの映画の場合はカンタンだ
トレーナーが彼女の手を握って
「なあおい
これまで二人でやってきたじゃないか
これからも二人でやっていこうぜ」
と言えばいいのだ
だってフィクションなんだもん

現実の世の中がフィクションのネタになる
逆にフィクションが現実の世の中に影響をあたえることも多い
この映画を難病患者の家族に見せられるか
全身麻痺の人に見せられるか
全身麻痺の人が「生きていても仕方がない」といい
それを肯定するドラマが世の人に伝わるのは正しいことか

全身麻痺の人は「生きていても仕方がない」のか

俺にはそうは思えない
どう考えてもそうは思えないのだ