わが家の前に建つ家には90歳を超える老夫婦が住んでいました
広い庭でしたが、荒れ放題で、古い平屋の家をおおうように柿の木が立っていました
わが家とは道を隔てているので、実害はありませんでしたが
塀ひとつ隔てた隣の家には葉や、実が落ちるらしく、隣家は迷惑しているようでした
たしかに家の前の路上は、秋になると熟した柿の実や葉がたくさん落ちていました
町内会の有志が、ある日いっせいに庭の木を刈り取り、その家の片付けをしました
それは本当に電光石火でした
庭はビックリするほどきれいになりました
「この家、こんなに広かったんだ」
と土の見える庭を見てあらためて思いました
「無理矢理だなあ。じいちゃんばあちゃん平気かな」
とも思いました
ほどなく、おじいさんはなくなりました
人から見て荒れ放題で、ゴミの中に住んでるように見えても
本人的には必然だったりすることがあるような気がします
樹木はそこにいるだけで心を癒してくれます
人間もまた自然の一部であるならば
虫や、樹木は老人にとって身体そのものだったのではないでしょうか
そんなことを考えました
広い庭でしたが、荒れ放題で、古い平屋の家をおおうように柿の木が立っていました
わが家とは道を隔てているので、実害はありませんでしたが
塀ひとつ隔てた隣の家には葉や、実が落ちるらしく、隣家は迷惑しているようでした
たしかに家の前の路上は、秋になると熟した柿の実や葉がたくさん落ちていました
町内会の有志が、ある日いっせいに庭の木を刈り取り、その家の片付けをしました
それは本当に電光石火でした
庭はビックリするほどきれいになりました
「この家、こんなに広かったんだ」
と土の見える庭を見てあらためて思いました
「無理矢理だなあ。じいちゃんばあちゃん平気かな」
とも思いました
ほどなく、おじいさんはなくなりました
人から見て荒れ放題で、ゴミの中に住んでるように見えても
本人的には必然だったりすることがあるような気がします
樹木はそこにいるだけで心を癒してくれます
人間もまた自然の一部であるならば
虫や、樹木は老人にとって身体そのものだったのではないでしょうか
そんなことを考えました