どうやら菅内閣は官内閣らしい。

今朝の記事では菅首相が目指す「強い経済、強い財政、強い社会保障」の実現に向け、「消費税を含む税制抜本改革に関する協議を超党派で開始する」と「参院選マニフェスト」に明記したらしい。

官僚が求めるままの官僚のための施策をやろうと言っているのだ。


「コンクリートから人へ」「生活第一」という言葉に国民が希望を求めて、政権交代を実現させたのがほんの1年前なのだ。

国民は「特別会計の見直し」「天下りの禁止」「箱物行政不必要」「雇用対策」「年金問題」「子育て環境」などを優先してくれる政府に賛成の票を入れたのである。

その政権が、首相交代しただけで方針を変えることはおかしなことだ。

消費税を上げて財政を強くし強い経済を作る?

なぜいつも先に負担を国民に求めるのだ。

これまでも散々旧政権の失政から国民はそのつけを払わされていたではないか。

銀行が潰れそうになると、経済が危ないといい公的資金を投入。そのくせ米国債は買い続けている。

企業献金の透明性をはかるためと言い訳して、政党助成金を作った。

未だに企業献金を禁止していないどころか、二重取りだ。

一事が万事である。

いつも先に、国の財政が危ないからといって、国民の理解を求め、税を搾り出すことを考える。

官僚がその税を好きなように使うだけなのだ。

官僚組織をこのまま残して、政治の口出しし続ける政府に税を任せる気には到底ならない。

まずは自分たちで国の財政の無駄を取り除いてから、国民に税制を問うべきであろう。

さらに企業からの要望の法人税引き下げ論に応じようとするに至っては本末転倒である。

不景気に加え、雇用者側の生活はぎりぎりである。

こんな状況で消費税を上げて自殺者をまた増やしたいのか。


とても市民運動家出身の総理とは思えない。

財務官僚に1から10まで教えてもらわなければわからない首相は、せめて心くらい官僚に奪われないように。
マジで市川房江さんが泣いてますよ。

今日もサッカーネタから始まる。

イビチャ・オシム氏がカメルーン戦の感想を記者から聞かれたコラムがアップされている。

少し長くなるが、その抜粋である。

「本田に言ってほしい、君が1人だけでプレーしたわけではなく、ほかにも10人がいたんだよと。それが思い出せないようであれば、本田にとっても、日本代表の未来にとっても良いことはないだろう。今日の試合に限って言えば、本田はデリケートな役割を見事にやったし、褒美としてゴールも決めた。しかし、これは彼のキャリアの始まりでしかない。メディアの皆さんも、今日のゴールだけで本田をヒーローだと持ち上げないでほしい。もし明日の一面がすべて本田ということになれば、日本の未来は危ない。ヒーローは1人ではなく全員だ。もし本田がゴールしたことでヒーローになったとするならば、トラップ技術が巧みでGKの上にボールを浮かすキックができればみんながヒーローになれるということだ。しかし、そうではない。ヒーローは自分の一生と自分の命を懸けて何かを守る存在のことだ。」


彼の言葉は厳しい部分もあるが、その奥に本質を見抜いた洞察力と温かい思いがある。

厳しさは選手に向けてではない。マスコミや日本のサッカー関係者に向けたものだ。

日本のサッカーの将来を考えるなら、どのように報道し、選手を代表を育むべきか、批評すべきかを論じているのだ。マスコミは目先の話題や商業主義で記事を書くだけが能じゃないと言ってるのだ。


彼はサラエボ出身で旧ユーゴの紛争がマスコミの報道で拡大して行ったことを経験している。

それは、マスコミが発信するものが、ひとつ間違うと戦争になり、またひとりの青年の人生も変えてしまうほどの危険性があることを知っているのだ。

そのマスコミへの不信感は、日本で監督を引き受けた際、記者から「初来日の東京五輪から40年、日本のサッカーはどのように変わったか」と問われ 「大きく成長を遂げていると思う。だが問題は、君たちマスコミだ。40年間、まったく成長していないのでは?」 と答えてる。

彼はもう1つ、彼の人生哲学のような部分に触れたことを言っている。
「ヒーローは自分の一生と自分の命を懸けて何かを守る存在のことだ。」

表舞台にしろ裏方にしろ関係なく、本質を見て、人を見て、純粋にまっすぐに仕事をした人間、人生をマスコミは取り上げるべきだといっている。

とりもなおさず、家族を守り、子供を育て、一生懸命生きてる普通の人達もヒーローなのだ。


彼は純粋で純粋が好きなのだろう。

お金に執着せず、チームを引き受けるときも、自由にやらせてくれたら、お金の額は関係ないという人物だ。

戦火の故郷を知ってるからこそ、お金より大事なものが何であり、生きる意味もそこにあることを伝えていたのだろう。


マスコミの発信力は大きい。

だからこそ、基本姿勢は重要なのだ。

どんな記事を書くにしても、真実を伝え、社会に貢献し、人々の生活を愛し、平和や自由を脅かすもを糾弾し、中立公正で、堂々と倫理観、道徳観を明確にして、読者や視聴者に向き合うべきものなのだ。

数人が読む程度のこんなブログひとつ書くにも悩むくらいなのに、何千万人に伝える責任感はマスコミはもっと持って然るべきだろう。







昨夜はファンならずともW杯の日本VSカメルーンを観戦し興奮し、その勝利に歓喜したのでしょう。

勿論僕もそのひとりだ。

カメルーンの内紛に拠るものか、彼らの不調も味方し、日本も守備の意識が徹底していて、勝利を手にした。

日韓W杯以外の大会で勝利するのは初めてで、しかも初戦勝利の価値は高い。

今後の2試合は1次リーグ突破のためにいかに勝ち点をとるかのより激しいものになる。

ストラテジーを各自考えるだけでも、ファンとしては楽しい時間が続くのだ。


さて、ここはサッカーブログではないので、別の視点での感想などを少し書く。

昨日の放送はNHKが地上波で放送していたのだが、試合後の選手のインタビューが映像のみで音声がない。

その後スタジオに戻っても、しばらく音声は中断したままだった。

やっと音声が戻って、流れたテロップは「一部の地域」で聞こえなかったことをおわびするという内容だった。


ツィッター上で調べてみると、僕の住む大阪だけでなく、北海道も、九州もそうだったようだ。

どうも東京以外が聞こえなかったようだが、定かではない。

でも「一部の地域」というよりは、これは広範囲だろう。

それともNHKは東京以外はすべて「一部の地域」なのだろうか。


日本のサッカーは世界のサッカーを学んで、地域密着でクラブを育てる方針で強化されてきた。

長沼健氏や岡野俊一郎氏の長年の努力によるものだった。

基礎を地域にして底辺を広げ、選手の育成とファン拡大が一体となっていくのである。

この精神は野球にも取り入れられ、ロッテや日本ハムなどはファンを拡大して行ったのである。

逆にJの中でも、読売は川崎を捨て、東京に本拠地を移して以降経営難になった。


中央だけで物事を考えていると陥りがちなことは、いつしか傲慢で自己都合で思考してしまってることさえもわからなくなることだ。

大事なことは目線をどこに置くかである。

上からか下からか、長期的にか短期的にか。

人はその目線のありかを敏感に感じ取り、信じるにたるかを判断してる。

国や会社を動かす人は、そこの感性が重要だと思う。