先日近所のスーパーの乳製品売り場に赴き、雪印アカディー牛乳(鉄壁)を購入していた時の事
10歳くらいのファッキュー(ファットでキュートの略)な男の子がいた
ヨーグルトを品定めする母親に対し、何かをねだっているようだ
自分が母親ならヨーグルトなんか食べずにあたしのお乳を飲みなさい、とでも言っていたと思うが
(それは限りなく刑事事件の香りがするが)淡々と繰り返される親子の会話の中に
度肝を抜かれたフレーズがあった

10歳「おかーさん、オイラ、豆乳かバナナがほしいよー。やきいもばかりで飽きちゃったよー」

一人称がオイラ、豆乳かバナナが欲しい、と言うあたりで既にファッキュー(ファットでキュートの略)。
彼からスーパーひとしくんを没シュートする輩がいたら、全力で眉毛を剃ってやりたい所存。

しかし、冷静に考えてみると、彼の発言はキュートそのものだけれども、意に介せないところも多い
豆乳かバナナと言う選択肢は、ダイエット中?と思えるが、その後の「やきいもばかり」というのが
いまひとつわからない。ダイエット中という線もいまいちぴんと来ない。
教育方針だとしたら、母親はその教育方針を一体誰から学んだのだろうか。吉岡たすく

何気ない短い言葉の中に、一体どれだけ人を惑わし、魅了する力があるのだと痛感させられた
こういう文章がすらすら書けるようになりたいなあ、と思う。まだまだ未熟者です。
だから、「エドはるみ 、24時間マラソンに挑戦」とか言われても混乱するだけだ。
たった15文字程度なのに、これだけ一向に話の終着点が見えない文章もない。
何故エドはるみ?何故24時間マラソンしないといけないの?なんで泣くの?

これならまだ、「わたしはしゃべる馬のエド」と言われた方が、遥かにガッテンしていただける所存。