語り手の事情 | バベルの図書館

語り手の事情

語り手の事情/酒見 賢一

「性的嗜好の語り方」


この小説はビクトリア朝を舞台に、男にも女にもなれる語り手が、様々な性的嗜好を持つ人々との関わりを語っていくという一見変わった小説です。


酒見さんは中国物の第一人者ですが、性描写についても”密かに”こだわりをもっていると私は感じていました。後宮小説や陋巷に在りでも、控えめながらもそうした表現を用いて物語に雰囲気を出すことを試みてきたと思います。


一方、日本は性的多様性については恐らく世界一豊富なのだと思いますし、それを語ることはかなりオープンになってきました。ですが、結局のところそれはあまりに個人的な嗜好であり、頭では理解しても万人が分かり合うことは不可能な領域なのかと思います。また人の根源的な部分に触れることから、声高に主張すればその人の他の個性は全てさて置かれ、全て性的嗜好で認識されてしまいかねないという危険がつきまとうものです。


そこでこの小説は語り手という存在を置くことによって、単なる一人称とは違う客観性を持たせると共に表現が難しい性的内容についてもさりげなさを出すことを試みています。いわゆる実験小説です。


性的表現をやりたかったのか、実験をしたかったのか、いずれが第一位だったのかは不明ですし試みが成功したかどうかは微妙なところですが、こうした挑戦的な意欲を持った作品が少なくなってきた中でとても貴重な作品であり、また一つの小説としてみても何故か語り手に感情移入してしまうという不思議な世界に引き込んでくれる大変興味深い作品です。


難易度 ★★☆☆☆
インパクト ★★★☆☆
泣ける度 ★★☆☆☆
笑える度 ★★★☆☆
怖い度 ★★☆☆☆
考えさせられる度 ★★☆☆☆
推定読了時間 4時間