馬場屋敷保存会のブログ

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内田に馬場屋敷あり
内田にある馬場家住宅は、かねてから馬場屋敷とよばれていました。広く一般に知られるようになったのは、昭和50年代以降のことです。馬場家は、武田家の家臣の縁戚にあたり、天正9年(1581)に没した馬場亮政(すけまさ)を初代とし、後に主家の滅亡とともに内田の地に移り住み、江戸時代には広大な田畑を持ち高島城主と親密な関係を保ち、特別な地位を有していたといわれます。
平成4年(1992)、現当主の馬場太郎氏から屋敷地の主要部(西半分とそこに所在する建物)が松本市に寄附され、市は直ちに修理工事に着手しました。市が民家の保存修理工事をおこなうのは初めてのことで、この工事は専門家の指導と助言を得ながら慎重に進められ、平成8年度にようやく完了しました。なお、工事中に、明治28年(1895)に作成された屋敷家相図が発見されました。これにより、幸いなことに、修理工事の時代設定を図作成の明治28年前後にすることができました。

ひとつの小宇宙を形づくる
馬場家住宅は、標高約690m、眼下に松本平が広がり、北アルプス連峰を遠望できる立地条件にあります。
江戸時代の末期、嘉永4年(1851)建築の本棟造の主屋をはじめ、安政6年(1859)建築の豪壮な構えの表門及び左右長屋、同時期に建てられた高島城主専用といわれる中門、そのほか文庫蔵・奥蔵(おくぐら)・隠居屋・茶室など、いずれも家の格の高さを示す建物がそっくり残っています。内部は随所に優美な匠の技を見ることができ、150年近くにわたって人々がここで暮らしを営んだ息吹を感じとることができます。ただし、この住宅の魅力は建物ばかりではありません。建物を守るかのように屋敷地の北面と東面に築かれた土塁と鬱蒼(うっそう)とした屋敷林、先祖代々の墓石が並ぶ墓地、かつて水車が回っていた坪庭、大ケヤキを背後に控えた祝殿など、豊かな自然環境が保全されています。いわば、良材をふんだんに用いた建物と自然があいまってひとつの小宇宙を形づくっているといえます。
馬場家住宅の主屋は、長野県西南部に分布する本棟造(ほんむねづくり)とよばれる形式の民家建築の中でも、比較的規模が大きくかつ整った意匠を持つ代表的な建物です。さらに、屋敷構えが往時の姿をとどめている点も価値があり、江戸時代末期のこの地方を代表する民家建築として極めて貴重な遺構です。

文化財の保存と活用
保存修理工事が完了した馬場家住宅は、平成9年4月から松本市の博物館として一般に公開されています。貴重な民家が博物館として公開されるのは市域では初めてのことでした。活動は文化財の保存と利用を主眼において、見学のほか体験学習活動や地域の民俗、建築物について学習する講座や講演会など、積極的な利用がなされています。