僕は料理が好きだ。
夢中で作った料理を「オイシイ」と食べてくれると、
もっとウマい料理を作りたい!と思うし、シンプルに嬉しい。
そんな声を肴に、作っている最中からビールがすすんでしまう。キッチンドランカーだ。
この記事を、今お付き合いしている彼女が見たら怒るかもしれないけど、
正直、料理に関しては僕のほうが上手だと自分でも思ってる。
父が料理人である事も、自分の料理好きには少なからず影響していると思う。
自分で色々試してもうまくいかない時、僕は父に相談する。
父はストレートに答えを教えてくれる。そしてそれを実践したら、たしかにウマイ。
僕は別に、その道のプロを目指してるわけじゃないけど、
料理人の父を持つ事でプロならではの技や小ネタを多く知る事ができる特権は、
存分に活かせていると思う。
でも、
これが師匠と弟子という関係だったら…と想像すると、
簡単に教えてもらえる事じゃないだろうし、
簡単に質問できることでも無かっただろうなとも思う。
将来の進路に迷っていた学生の頃、
親戚などから、父に弟子入りする事を勧められることもあった。
当時、テレビを賑わしていたのは、
大相撲の若貴フィーバー。
それを題材にした漫画やドキュメンタリー作品なんかも多く発表された。
そこでは「今日から親子の関係ではない、師匠と呼べ」みたいなエピソードが美談として語られていたけれど、それを自分に置き換えた時、ムチャクチャ仲のいい父とそんな関係になるなんてことは、到底想像できなかった。
同時にその頃僕は、受験勉強の傍らに聴いていた深夜ラジオにどっぷりハマっていて、
その世界で働くことを夢見る…というより、数年後に自分はその世界で働くんだと、勝手に信じて疑わなかった。
信じて疑わなかった事が良かったのか、事実、数年後に僕はラジオの世界で社会人としてのデビューを飾った。
さて。
ここで、唐突に話題を変えるけれど…
僕は、先天性色覚異常というハンデを持っている。
これといって生活に支障はないし、自動車免許も普通に取得できたので、
別に気にする程のことではないし、
上記の通り、生活における重大な支障が無いって事で、
障害者手帳を給付される事もない。
「普通」じゃないけど「特異」でもない。
いちばん、理解を得にくいハンデを持っている。
本当に、とくだん困ったことは無いんだけど、
強いてあげるなら居酒屋でバイトしてた時、
その店では赤い紙パックが日本酒で、緑の紙パックが梅酒なのに、
赤と緑の識別が弱いために熱燗を注文したお客さんにアッツアツの梅酒を出してしまったとか、そんなもん(笑)
その時は「さーせん!自分、赤と緑がよくわかんないんです!」って正直に話したら、お客さんも店長も爆笑してくれて事が済んだし、笑ってくれたことが何よりうれしかった。
ただし。
中学生の頃、理科が得意科目だった。
化学式を覚えるのも、物質の変化について知るのも楽しくて仕方なかった。
先生からも、「それだけ得意で成績も良いなら、将来、薬剤師を目指しても良いんじゃないか」と言われたほどだ。
だけど、だけどね。
リトマス試験紙の色の変化や、試験管の薬液の色の違いが僕にはわからなかった。
高校生になると、やたら音楽にハマり、
バイトで貯めたお小遣いでオーディオ機器を買い揃えて、
自分の部屋を自分にしかわからない複雑な配線で埋め尽くしてた。
機械の接続や構築が楽しくなった。
そんな仕事ができたら良いな、と、うっすら思ったこともあった。
だけどね。
高度な設備の複雑な配線は取扱を間違えると命にかかわるほど危険なので、それを回避するためにケーブルを色分けしているんだよね。
工業インフラ系の求人情報にも、条件に「色の見分け」ってハッキリ書かれてるんだよ。
まぁそんな風に、憲法で定められている「職業選択の自由」の幅を、
生まれながらにして狭められているという意味では、
国から何らかの手当があっても良いんじゃないかな?と思うことは、なくもない。
でも、別にいい。その程度(笑)
さて。
僕が社会人デビューしてから20年ほど経った頃、
父が一念発起して、念願だった自分の店を開いた。
小さな小さな飲食店。
立ち上げに際し、いろんな協力をした。
保証人のハンコとか、ネット関連の整備とか、本当に色々と。
自分の仕事が休みの日には、カウンターにも立った。
そうしていると、常連のお客さんから「あとを継いだら」と言われる事もしばしば。
実を言うと、その言葉を投げかけられる事は、僕達親子にとって、複雑な事実だった。
改めて言うけど僕は、色の見分けができない。
肉や野菜の鮮度を見分けることができない。
腐った肉を気づかず調理してしまうかもしれない。
なので、個人的に友達や彼女に料理を振る舞うことはできても、
「お金を頂戴してお客様に提供する料理」を作ることができない。
だから、プロの料理人という道は…まぁ本気でやりたいと思えばやり方は色々あるとは思うものの、そこまで思ってないし、そのつもりも無い。
で、別にその事情を、カウンターに座るお客様に説明したりはしない。
本当の事を説明しても場がシラけるだけなので、その場をそれなりにはぐらかす。
そのお客様の発言に悪意がない事はわかってる。
僕がそのやり取りで傷ついたりすることもない。
むしろ僕がもって生まれた個性だし、その手の話題で友達との飲みの場が盛り上がることもあるから
自分にとってみれば、「オイシイ」話のネタの1つだと思ってる。
だけど、お客様からそういう話を振られ、僕がうまく切り返している様子を見るたびに、父と母が心を痛めていた事は間違いない事実。
「普通」ってそういう事。
「当たり前」ってそういう事。
僕は小さな頃から、そんな「他人と違う」を経験していたので、
そのぶん「世間で言う普通や当たり前」という事にも意識を持ってた。
そんな考えを持って思春期を過ごしてきたので、
例えば、
はじめてお会いした「親子」と称する方に対しても、
「直接の血縁関係がない可能性も否定できない」という意識を持ってしまい、
「似ていらっしゃいますね」と言う事さえも不用意に口にするべきではないという考えを持つようになった。
20代前半くらいまで、そんな意識ばかりが先行して、まともに人と話すことができなかった。
ところがある時期に、それらを自分の経験に置き換えてみて、
「他人が知る由もない事実について言及されたところで、自分は傷ついてない」という事に改めて気づいいて、
「そんな可能性までいちいち考えてたら何も話せなくなる」という思いに至った。
そしてそれと同じくらい、「気にしすぎる必要はないけど、その可能性を認知しておく優しさは持っていても良いかもしれない」とも。
あらゆる可能性を否定しないっていう事は、そういう一面もある。
ハンデって何だろう?
何の変哲もない普通の人が普通に過ごすことのできる仕組みが、いわゆる「当たり前」だとして、
その「当たり前」の生活ができない事を「障害」と呼ぶのなら、ずいぶんナメた話じゃないか。
これまでの人類史を紐解いてみても、「特異な人」こそが、その特異性で世の中を引っ張り、常識を覆し、新たな発見で世間を驚かせて来たんじゃないか。
僕は、障害者手帳を持たない中途半端な特異者ではあるけれど、その特異性を誇りに思うし、それを存分に活かした人生を送ってきたつもりだし、これからもそうするつもりだ。
なので、「障害」という言葉の定義について、皆に問いかけてみたい。
イノベーションは常に、特異性から生まれてきたっていう事を考えるならば、
「普通」で「当たり前」で「平凡」であることこそ、この世の中における「障害」ではないだろうか?