「庶民=中流階級」であり、それが多数派であったから

これからの「庶民」は意味が違う

日本では経済格差が起こり、

高所得階級と低所得階級の二極化が進んで中間層が消滅するといわれている。

年収200万円の生活を送る人や生活保護に頼る人はますます増え、

今「庶民」以下の暮らしを強いられることになる。

高所得階級の人間になるか、

その境目となるのは本を読んでいるか、読んでいないかの違いである。

 

「今すぐ役に立つ」ということは「すぐに役に立たなくなる」ということ。

 

「超並列」読書術とは、場所ごとに読む本を変え、

1日の中で何冊もの本に目を通す読書法である。

なるべくバラバラのジャンルの本がいい。

 

月に数冊ベストセラーを読むというパターンがいちばんたちが悪い。

みんなが読んでいる本を追いかけるようにして読んで、

その本の価値観や思想を鵜呑みにし、

それをさも自分が考えたことのように錯覚しているような人は、

一生「庶民」からは抜け出せない。

 

極端な生き方ー「その他大勢」から抜け出す生き方ができる

 

TV → 情熱大陸、世界遺産、プロフェッショナル、美の壷

 

本と違ってテレビは主体的に情報を選び取るのが難しいメディアである。

 

お金は目に見え、時間は目に見えないのでつい見失ってしまいがち、時は金なり。

お金はなくなっても働けば手に入るが、なくした時間は取り戻せない。

世の中、目先の利益しか目に入らない人は、多くを損するようになっている。

 

クリエイティブな仕事をしている人たちは仕事のオンオフという概念とは無縁。

遊んでいる最中でも、頭のどこかで仕事について考えており、鵜の目の鷹の目で

常に「何か面白いことないかな」と探すようにしていなければ

新しいアイデアのタネなど拾えない。

 

自分に合わないからと1年もたたないうちに転職する新人もいるが、

そういう人は現実を知らない

転職を繰り返すうちに年収は下がっていく。

転職して年収が上がるのはヘッドハンティングにあうほど優秀な人材ぐらい

自分に合う、合わないなどとグダグダ考えずに3年間は最初に入った会社で

死ぬほど働く方がいい。

 

ある程度知識がある人とない人とでは見る視点がまったく違ってくる。

 

本を選ぶとき、チェックすべきポイントは本のタイトルと帯のキャッチコピー

次は目次にざっと目を通す。目次だけで本の内容はだいたいわかる。

目次を見ても何も感じないならその本はそれ以上読む価値はない。

次に「はじめに」を読む。知人への感謝ばかりダラダラ並べているような本なら

さっさと閉じて次の本にうつる。

目次と前書きを読んだだけでも1冊の本を読むのと同じ効果はある。

立ち読みで目を通した本も読んだ本にカウントしてもいい。

 

最後まで読み通すのが「読書」とは限らない。

内容を理解するのが「読書」

 

日経新聞だけは丹念に読む

 

経済ものなら野中郁次郎の「失敗の本質」

 

読書とは過去と未来を読み解くための道具である。

読書をしない人には、今現在しか見えない

夢をかなえる最善の方法は目を覚ますことだ。

 

常識がほどけきった状態を日本人は仏といった。

 

日本でエッチな色はピンク

アメリカはブルー「下ネタ ブルージョーク」

スペインは緑、中国は黄色

 

1日1発明 既存にあるものを3つ組み合わせる。

 

いまのあなたに必要なのは1%のひらめきと、9%の努力と90%の○○だ。

 

最初は一番ダメな人が主人公。

最初から強い人が悪役。

 

自分を良くしたかったら、自分を良くすることを目指すのではなく、他人を良くする。行き詰まっている人は自分のことしか考えられなくなる。

 

イエスキリスト

自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ

 

自分のうれしいをあなたのうれしいにつなげる。共存共栄の法則。

 

シャンパンタワーの法則

グラスの一番上が自分

二段目が家族や身近な人

三段目が会社の人や友人

すべてのグラスにシャンパンを注ごうと思ったら、一番上の自分から。

人生も一緒で、自分からあふれでた喜びのエネルギーでまわりを潤す。

 

何かを成し遂げたいとき、みんなを味方につけなければいけないと考えるのが常識。でも、そうではない。大切なのは、たったひとりを味方にすること。

そのたったひとりは自分。

 

登場人物すべてに必ずひとつ欠点をつくること。スラムダンク井上さん。

これが漫画を面白くするコツ。

 

借り物の価値観や考え方で自分を埋めて、凝り固まっていくことでぶれない自分になったと勘違い。

 

乙武さん

「誰の人生?」

 

「生きるってどういうこと?」

という質問に対して

「この先、他人から得た答えで生きていくの?」

どう生きたいのか、どうありたいのか、

答えはあなた自身が選びとる。

あなたが見たい世界をあなたが幸せに感じる世界を創造すればいい。

この世界をどう捉え、どう見るか。

それによって、出会う現実は変わる。

「何を言うかより、誰が言うか」

 

自分のメディア力は他人から見た時の自分の信頼性や影響力。

まず自分という人間を信頼してもらい、それから伝える。

コミュニケーションは自分と相手の間に橋を架けるような行為。

 

質問1 いまから24時間以内にあなたが一番やりたいことは何ですか?

質問2 なぜそれをやりたいのか、私にわかるように説明してください。

意見+論拠(=機能する話の大原則)

「意見」とは「あなたが一番言いたいこと」

「論拠」は「なぜそう言えるか」、意見の「理由」や「根拠」

 

納得・共感・発見などを通して相手の心を動かし目指す結果を切り拓いていける。

就職の志望理由書も目指す結果は

面接官に「一緒に働きたい」と思ってもらって採用されること。

 

文章や、話を貫いている「問い」、「問題意識」のことを「論点」という。

論点と意見はちょうど問いと答えの関係。

私たちは自分の問いに見合った意見しか出せない。

 

私たちは意識しなくても問い(=論点)を持っており、

その問いに対して自分が出した答え(=意見)がある。

伝える時は、意見の根拠(=論拠)を道筋立てて相手に説明すればいい。

「論点→論拠→意見」

 

伝えるためには「相手」を知る必要がある。

表現というものは「何を言うか」より「どんな気持ちで言うか」が大事。

その人の根っこにある想い・価値観、これを「根本思想」という。

 

根本思想は言葉の製造元

自分の想いや生き方がついていかないから言う事を変えるか、いっそ言わない。

嘘は人を動かさない。正直は最大の戦略。

逆に言えば、根本思想と言葉が一致したとき、非常に強く人の心を打つ。

「7つの要件」

1.メディア力:相手から見た自分の信頼性はどうか?

2.意見:自分がいちばん言いたいことは何か?

3.論拠:意見の根拠は何か?

4.目指す結果:誰がどうなることを目指すのか?

5.論点:今、どんな問いに基づいて話しているのか?

6.相手にとっての意味:突き放して相手から見たら、この話は何か?

7.根本思想:自分の根っこにある想いは何か?

 

自分の想いで人と関わるためには自分の内面を引き出したり、整理したりする作業が必要。

それが「考える」という作業。

 

まったく正解が存在しない問題を自分の頭を動かして考える方法

「考えるための道具」=「問い」

考えるためには「答え」ではなく「問い」を探す。

思考停止とは問いが立たない状態のこと。

 

答えが出そうな問いをいくつも洗い出し、出てきた問いを選んで自問自答する。

自問自答を繰り返し、すとんと腑に落ちるまで小さくても何か発見があるまで

続けることが「考える」ということ。

 

問いが考えられない人は問いを立てるエリアを広げる。(中心人物は現在の自分)

身の回り→日本社会→世界、過去→現在→未来

 

一発で通じる話は自分と相手、両方にとって関心ある「問い」が立っている。

相手が関心がある問い、相手が聞きたくてうずうずしている問いに道筋立てて

答えていったとき、相手がすっきり腑に落ちる「説得力」が生まれてくる。

 

正論が通じない理由の1つは正論を言うとき、

自分の目線は必ず相手より高くなっているから。

自分という人間が相手から共感されることがコミュニケーションの初歩。

 

信頼を得る伝え方のポイントは二つ。「つながり」と「相手理解」

「人を動かす」ためには、相手の過去→現在→未来の時間軸での連続性を重視して伝える。

 

 

人や社会とのつながりが見えることで、仕事のやりがいは見えてくる。

「その仕事はだれに?どのように役立つのか?」「社会にどのような影響を与えるのか?」

これを示すようにする。

ロジカルプレゼンテーション:人前で論理的に話をすること

 

ハートフルコミュニケーション:子どもの生きる力を開発

 

度を越えた不適切な刺激がやってきてもそれを拒否したり処理する能力が備わっていれば

子ども自身の力で問題を最小限に食いとどめることができる。

その能力こそが「生きる力」であり、その力をもつ子どもが「自立した子ども」といえる。

 

4〜5歳は母親の膝から自立して社会へと足を踏み出し始める時期。

自分の身を守ることや人を傷つけないこと、人とうまく遊ぶためにはどうしたらいいか、

人とうまく遊ぶために自分の感情と行動をコントロールする、社会的スキルを身につけ始める時期

このスキルこそが「生きる力」この力を身につける方法は体験しかない。

 

「ヘルプ」は「できない」人のためにその人にかわってやってあげること。

保護者がするのはヘルプ。

「サポート」は人を「できる」存在ととらえて、そばで見守りよりよくなるために

必要なときは手を貸すこと。サポートこそが親の仕事。

 

入学の時期を目指して保護や支配の割合を減らしながら子どもの「できる」を

増やしていくことが「ハートフルコミュニケーション」

 

ヘルプする親のヘルプの先にあるものは子どもの幸せではない。

子どもが何を望んでいるかではなく、親が望んでいるものをかなえるためにヘルプをする。

自分が望んでいるものを得るために子どもに与える。

子どもの人生を利用してはならない。

 

子どもに生きがいを求めることは子どものいきいき輝く人生を犠牲にして、

自分お充実感を得ることにほかならない。

そのとき親が愛しているのは子どもではなく親自身である。

 

1.子どもはできることを知っている

2.子ども自身がもっとよくなりたいと思っていることを知っている

3.子どもが望んでいることが起きるまで待ち必要なサポートは何でもしようとする柔軟性がある

 

この条件を満たし、常にこの姿勢を保つことで、親は子どもの尊敬を得ることができる。

親が常にこの三つの姿勢を保てば、子どもは愛されていると感じる。

 

人が生きていく上でもっとも大切な感情が「自己肯定感」=自分の存在を肯定する感覚。

自分はここにいるべき人間であり、まわりの人は自分の存在を喜んでいる。

自分の存在が家族に幸せをもたらしていて、そんな自分でいることがうれしい。

「私は自分が好きだ」という感覚。この感覚は私たちが自分として生きていく上で

もっとも基本となるもの。存在することへの自信。

 

ネグレクト:子どもに対して関心を示さず必要な世話をしないこと

 

親の期待が強くその期待によって日々干渉され、ヘルプされ続けると子どもは

「あるがままの自分ではいけない」というメッセージを受けることになる。

自分でいることに自信が持てず、親の期待通りの自分でいるときだけがいい子。

こういう状態では、親がどんなによくしてもやればやるほど子どもは愛されていないと感じる。

 

「かわいいセラピー」

1日に何度も子どもの目を見て、「かわいいね。好きだよ。大好き」と言葉にする

小さな赤ちゃんに「かわいいね。好きだよ」と言ってもわからないと思うかもしれないが、

赤ちゃんには十分伝わる。

 

ほめることも叱ることも物やお金を与えることもすべて外からの働きかけで、

外から子どもをその気にしようとする行為。本当のやる気は外からはこない

本当のやる気は子ども自身の中から湧いてくるもの。

親は子どもが幼いうちに子ども自身の中から湧き出る、やる気の種をまくことができる。

 

そのやる気の種は「人の役に立つ喜び」

この動機付けの種を植えることで子どもは一生健全なやる気を保つことができる。

この動機付けで動くとき、私たちは大きな充実感を体験できる。

 

叱ることに効果があるとしたらそれは命にかかわることを教えるとき。

事故につながる可能性があったり、自分を傷つけてしまいそうな危険があるときは

すぐにやめさせて「ダメ!」と叱ることが大切。誰かを傷つけそうなときも同じ。

 

親の役に立ってもらうことから始める。子どもが手伝ってくれたら子どもをほめないことが大切。

子どもが手伝ってくれたことに感謝し、喜ぶ。「ありがとう」「うれしいよ」など。

 

「ありがとう」「うれしい」と私がどう感じているかを伝えるのが「私メッセージ」

何をうれしいと思っているかがはっきりと伝わることが大切。

印象が強ければ強いほど、一度で習慣にすることが可能。

一粒の種が子どもの心の中で大きく育つ。

私メッセージで話す習慣はコミュニケーションに責任をもつ習慣でもある。

 

子どもに選ばせる。人は自分が好きで選んだものは大切にする。幼い子どもも同じ。

意識的に選ぶことでその後に起こることが自分の選択の結果であることを理解する。

押しつけの多い親の子が親の被害者になりがちなのに対して、選択の自由が与えられ、

自由に選ぶことを繰り返してきた子どもは自分の選択に責任をとろうとする。

 

人間は一人一人独特な価値観やものの見方、考え方を持っている。

私たち人間はそれぞれ独特な眼鏡をかけていてその眼鏡を通して相手を見ている。

聴くことにも同じことがいえる。耳には眼鏡ならぬ翻訳機をつけ、相手の言ったことを

自分の都合のいいように翻訳して聴いている。

 

「あなたは自分が好きですか?自分にそれなりの自信を持っていますか?」

この質問にあなたは自信をもって「はい」と答えられますか?

何かをやっているときの自分jは好きだけど、何かができていないときは嫌いだなど、

状況や条件によって変わるものではない。すべてをひっくるめて、

「あなた」という人を「これがいい」と思えるかどうか。

「教育」を変えたら世界が変わるかもしれないという可能性に挑戦してみるだけの価値が

あるような気がして「教育」の世界に飛び込んだ(森田)

 

何かをはじめるときに重要なのは失敗しないための準備でも

最後までやり遂げようする決意でもなく、逃げる早さ。見切りをつける早さ。

面白そうだなって思ったらやってみる、気になったら手を出してみる。

つまづいてしまったらいったん身を引いて、体勢を立て直した上で再度首を突っ込んでみる。

そうやって何かをはじめてみることのほうが夢を探すことよりも大切。

 

コンプレックスや怒りといったネガティブな感情は前に進んだり、

壁を打ち破ったりするための燃料になり得るという意味。

怒りというのは有効に使えばすばらしいセンスや集中力の源になる頼もしいもの。

 

「ギブ&ギブ」

年上の人たちが若者にしてあげられることって、経験を与えたり生き方を教えたり、

機会をたくさんつくってあげたりすること。

 

自分の人生を他人の人生に費やすのはもったいない。

注意する時間ですらもったいないけど、違反者に腹を立ててたり気にしてしまっている時点で

自分の気持ちを他人に支配されていることになる。

 

一日だけ幸せでいたいならば、床屋にいけ

一週間だけ幸せでいたいならば、車を買え

一ヶ月だけ幸せでいたいならば、結婚をしろ

一年だけ幸せでいたいならば、家を買え

一生幸せでいたいならば、正直でいることだ   西洋のことわざ

 

スターバックスのサードプレイス

一つ目が家で、二つ目は職場、第三の場所としてスターバックスをどうぞという考え方。

「一人」になりたいけど「独り」になりたくないという寂しがりやが

同じようなことをしている人たちの中に身を置くことを求めて行き着く。

 

ハリボテ(芝居みたいな意味)

 

日本人は恥を嫌う文化があるって言ったけど、本当は恥なんていっぱいかいた方がいい。

知らないことは素直に「知らない。それ何?」って聞けばいい。

大人になると恥をかくことが怖くなる。恥をかくことに臆病になると、踏み出せなくなる。

 

SNSの良さであるゆるいつながりは「義務」という固い鎖のつながりに変わる。

「義務」の鎖につながれた瞬間にSNSは楽しいものじゃなくなってしまう。(FBのいいね等)

 

あたりまえの挨拶ができるかできないか。

これは頭の善し悪しとかお金を持っている持っていないとかぜんぜん関係なく

気持ちがあれば全員にできること。

 

就活生の志望企業動向では、約4割以上の学生が大企業を志望している。

日本の企業の99%以上が中小企業だからたった1%足らずの企業に

半数近くの希望者が殺到していることになる。狭き門。

学生が大企業を目指す本当の理由のほとんどは安心だったりする。

大企業は滅多なことでは潰れないし、給料だって中小企業に比べたら高いだろう。

でも勘違いしてはいけないのは、安心なのは会社そのものであって

大企業で働いてるきみじゃないってこと。

 

企業も人も安定を求めたらそこで終わりだ。守りに入った瞬間、守りきれなくなる。

攻撃は最大の防御だと考えた方が良い。変化の早い時代でも安定している企業は

早い変化についていける企業だ。

良い例:キューピーマヨネーズは時代時代に合わせて微妙に味を変化させている。

その変化こそキューピーマヨネーズが今も愛され続けている理由。

 

仕事と遊びが同じ。

「遊ぶように働き、働くように遊べ」

 

リーダーをまかされたときに失敗してしまうポイントの一つが民主主義にしてしまうこと。

大きなプロジェクトでも小さなプロジェクトでも下手に民主主義を取り入れて

メンバーみんなの意見を反映させるのであれば、リーダーは必要ない。

 

(森田)は「選択の余地があること」を自由だと思っている。

一つでも二つでも選択肢が多ければ、それだけ自由への道は広がる。

 

人脈、人脈っていう人ほど、人脈を金脈みたいに思っている。

そういう人は十中八九、自分の利益しか考えていない。まず自分が損する気を持つことが大切。

見返り求めず、「やらせてください!」って動くところから何かが始まる。

 

キャッシュデリバリー型はお互いに信頼してないからそういう形になる。

「先に食券を買ってください」という食い逃げ防止みたいなもの。

我々の日常生活は毎日、意思決定の連続である。

 

毎日、判断と選択を繰り返している。判断と選択をあわせて、意思決定とよぶ。

 

「問題の定義→選択肢の発見→判断基準の設定→効用を最大化する選択肢の選択」

といった、伝統的な意思決定のフレームは、実際には使えない。

 

著者がシカゴ大学経営大学院で学生(欧米人)に日本人に関する

典型的なイメージを尋ねたところ、答えはindecisive(決定・決断できない)であった。

これは、はっきり言うと能力がないということの婉曲表現である。

 

日本人は明治以来、他人の成功モデルを自己に修正適用することにかけては天才的であるが、世界に誇れる先行モデルを提供したり、理念を主張しているとは思えない。

 

意思決定論には大きくわけて2つある。一つは規範的ないし演繹合理主義的意思決定論。

「合理的な人間であればどういう意思決定をすべきか」を示す分野である。

もう一つは実証的ないし経験合理主義的意思決定論といわれる分野で、

「実際の意思決定がどのように行われるか」を実証研究を通じて明らかにする立場である。

 

最も簡単に考えれば、意思決定とは、複数の選択肢の中から一つの選択肢を選ぶこと、

つまり、「選択すること」である。

 

選択肢を評価するには「何を評価基準として選ぶか」という判断と評価基準どうしの

重みづけの判断があることがわかる。

「高度な知的作業=意思決定」

意思決定をするということは単に「そこにあるものから選ぶ」という選択の問題ではない。

予測し、測定し、解釈するということは現在の世界を理解し、その背後にある因果関係や

確率を推論するという知的作業を伴う。

 

意思決定とは因果関係を判断し、将来を予測し、価値や好みに基づいて評価するという、

高度な認知活動そのものなのである。

 

 

 

人間は生まれてからこの方、意思決定を連続して行っているので、

ある意思決定をしようとする際には、必ず過去の類似事例が頭の中で想起される。

したがって、何かの意思決定をしようとする際には、

過去の事例に基づく期待も必ず形成されるといってよい。

(だから新しいことをすることに怖いと思う)

 

目的を明確に意識したうえで、目的に合致した意思決定をすれば、

その意思決定はすぐれた意思決定といえるであろう。

反対に気まぐれな意思決定、目的が不明確な意思決定、

悪習に基づいた直感的な意思決定は、すぐれた意思決定とはいえないだろう。

意欲レベルが明確に意識されず、ふらつくような意思決定も同様である。

 

人間の陥りやすい誤りをどれだけ意識的に避けて、意思決定を行ったかが、

「すぐれた意思決定」の判断基準となるべきである。

 

(情報のパラドックス)

我々にとって世界が複雑な理由、情報の質と量である。

一般に「情報とは意思決定のあいまいさを現象させるもの」と定義される程、

情報は意志決定と結びつきが深い。

 

情報があればあるほど、我々の事実確認があいまいになり、

総体的な問題解決能力を喪失するということである。

 

情報操作は、国家による情報統制のみならず、株の仕手戦、商品広告、

あるいは個人レベルでの学歴詐称など、ありとあらゆるレベルで行われている。

 

悪意に満ちた情報操作とまではいかなくとも、意図的に計算された誤解、

情報の一部のみの提供による認識操作、我々のステレオタイプに合致するよう

歪められたり脚色されたりした情報などが、我々の周りには満ち溢れている。

これらの情報量が極めて多いのが現代の特色である。

我々は情報の海の中で生きていると言っても過言ではない。

 

意思決定の最小単位は個人である。

人間は外界から情報を取り入れ、内部情報である自己の記憶を取り出し、

これらを元に判断・思考し、意思決定を行っている。このプロセスは、

一つの情報処理システムの働きとして捉えることができる。

想像力と創造力は判断と選択を行う際に重要な役割を果たす。

何らかの選択を行う際、自らの選考、すなわち、それぞれ選択肢をどれくらい好きかを

想像する能力がなければならない。持っている想像力が豊かであればあるほど、

その人にとっての選択肢の幅は広がり豊かなものになる。

いろいろな可能性を想像できないことが、貧しい将来予測や因果判断の原因の1つになる。

 

想像力も創造力も発揮できない人は、自由な判断や選択ができないということである。

想像力や創造力がなければ、自分自身の行動をコントロールすることができないし、

環境の気まぐれや身に付いた悪しき習慣によって行動を決めるということになる。

判断や選択の良し悪し(質)は選択肢や予測の多様性に決定的に依存する。

 

組織や集団による意思決定は個人の意思決定よりもすぐれたものになる可能性がある反面、運営如何によっては革新的なアイデアや適切な判断が圧殺され、

個人の意思決定よりも劣ることも少なくない。

 

組織が意思決定をするということはどういうことか。

誰か個人の意思決定か、ある集団の意思決定か、あるいは集団間の意思決定が、

組織の意思決定であると見なされるだけである。

 

集団が個人よりも優れている点は、全体の知識や情報の量を比べた場合、

集団の方が個人よりも一般的に多いという事ができる。「三人寄れば文殊の知恵」という

諺のように三人全体の知識・情報量は一人よりも多い。

また、視点やものの見方が、一人の場合よりも多様化・多角化する。

 

<診断論的意思決定論>

すぐれた意思決定をするには

1.目的を明確にする(質・スピード・受容度)

2.エラーソースを知る(情報収集・確率判断・予測・推論・グループ圧力)

3.メタ判断を開発し、適切なプロセスを踏む 

世の中は不平等だが、「時間」だけは平等だ。

お金持ちの家系に生まれた子供と貧乏な家系に生まれた子供が平等であるはずがない。

 

どんな金持ちや成功者も逃げることのできない制限がある。それは「時間」だ。

 

人生は「時間」でできている。人は時間を浪費しながらさまざまな経験を積み、

それが独自の価値観をつくり、人生を彩る。

 

だからこそ「時間」との付き合い方を効率化せよ。

最高の成果を出すためには時間の無駄をなくし最も効果を生み出す判断と行動を繰り返す。

・いかにスピーディーに「判断」するか

・いかにスピーディーに「行動」するか

 

「判断」行動をとるべきかどうかの決断。仕事におけるリスク&リターンの計算である。

一つの仕事でどれほどのリターン(成果)が期待でき、どれほどのリスクが見込まれるか。

 

「行動」はやるかやらないかである。

根拠のない不安で「行動しない」ことほど無駄なことはない。

 

与えられた時間を大切に使い、速く判断し、速く動く。

これが最短最速で仕事の結果を出す「重要公式」

 

「感謝」はビジネスの基本中の基本である。ビジネス上の「感謝」とは

私はあなたの貢献にしっかりお返しできる人間ですと相手に伝える一種の合図。

 

「与えられた環境に感謝しつつ、無駄を排除し、効率的に働くこと」で人は変われる。

 

仕事ができる人は皆、早歩きである。だらだらと歩いているのは人生の無駄である。

早歩きはよい運動になるし、脳にもよいという学説がある。(時間を作っている)

 

 

今・この場で約束を取り付け、実行に移す(できるビジネスパーソン)

ex.「今度ご飯でもいきましょう、○○日の夜あたりいかがですか?」

 「ぜひオフィスに遊びに行きますね、来週の○○日は会社にいらっしゃいますか?」

 

稼げるビジネスパーソンにとっては「即時処理が原則」

 

本当にビジネスで成果を出したいのであれば、時間こそ命。結果を出すにはスピード勝負。

相手に面倒な返信をさせなくとも意思確認ができるメールをこちらから打つ。

ex.「×:ご都合のよろしい時間をお聞かせくださいませんか?」

「○:○日、○日はそれぞれ午後なら予定が自由になりますので、

空き日時をいただければそちらにて決定しましょう」

 

メールは双方向のコミュニケーションツールであることは間違いないが、

だからこそ相手が返信しやすい”気配り”が大切である。

 

人が寝ている時間にあえてメールを返信する(大体24~26時)

この時間帯は人に邪魔されないゴールデンタイム

 

人が寝ている時間帯にメールを返信する効果は3つ

・翌朝、時間が増える。

・「絶大なる安心感」

夜中でもきちんとメールを見てくれているなら安心して仕事を任せられるな。

・「畏怖心」を与えることができる「こんな時間まで仕事をしているのか」

 

セミナーは時間と金の無駄である。セミナーで聴ける内容など、本を読めばわかる。

セミナーで講師が話す内容はほとんどのケースにおいて

講師の書いているブログや書籍の焼き増しである。

 

セミナーは時間を5~6時間持っていかれる。読書をすれば1~2時間で

把握できる内容を3倍以上かけるのは余りに時間がもったいない。

 

ノートを常に一冊のものを徹底的に使い込むこと。

大切な情報は常に一か所にまとめている状態が理想である。

表紙に「2012年10月12日~」と記載し、使い終えたら「2012年10月12日12月23日」

「あのアポのときにどんな話をしたっけ」と確認したいときスケジュール上のアポと

時系列ごとのノートを照合すれば、ミーティングの詳細が事細かく書いてあることになる。

人の悩みをという行動を時系列に沿って論理的に説明すると

・できるかどうか悩んでいる・・・今

・できるかどうかを左右する要素・・・近未来

・できるかどうかわかる・・・未来

 

「今」悩んでいることというのは「未来」についてである。

そして「未来」のことというのは「近未来」の自分の行動の連続によって確定する。

「近未来」の行動は「今」の自分の判断によっていくらでもコントロール可能である。

 

大事なことは「できるか、できないか」ではなく、「やるか、やらないか」

量子物理学の世界には目に見えない「エネルギーのフィールド」が登場する

いつも目にしている物質的な世界は、実はこの目に見えない

「FP(可能性のフィールド):フィールド・オブ・ポテンシャリティ」に

 支配されている

 

「世界を変えるには自分の期待や思い込みを変えるだけでいい」

何かを実現したいなら「今、目に見えるもの」ではなく、

「これから見たいもの」に意識を集中しなければならない

 

どう感じるか、何を考え、何を信じ、何が大切だと思うか、

そして人生をどう生きるかということが、自分の中にある

エネルギーの流れに影響を与えている

 

「振動の仕方」がとても大切

どう振動するかによって宇宙のエネルギーから引き寄せるものも決まってくる

ワクワクして楽しくて感謝の気持ちであふれている

そういった感情は高周波の振動を送り出し、同じ周波のものを引き寄せる

「人は自分と同じ周波の振動を引き寄せる」

 

「自分に対する見方を変える」

自分を見る目を変え、自分を語る言葉を変えることで、現実も変わる

 

顕在意識の役割は二つしかない

・問題を見つけること

・目標を設定すること

意識の正しい使い方をしている人は問題を見つけ、目標を決めたら

すぐに顕在意識を使うことを放棄する

 

ネガティブな思考、無限の可能性を鼻で笑うような思考が足かせになる

「自分のエネルギーを変えるには自分の思考を変えなければならない」

自分の辞書に「不可能」という文字を入れてはいけない

 

「バタフライ効果」

まわりの人々に愛、祝福、平和など、周波数の高い感情を送り出すだけで

この世界を明るく楽しい場所にすることができる

 

自分には何か足りないものがあると思い込むと、

まわりから取り残されたくないという焦りに憑かれ、

エネルギーが全部吸い込まれてしまう

これは全部でたらめ、とんでもない大嘘

 

この世界には、すべての人が十分に手に入れられるだけのものがある

宇宙には無限の豊かさがある

この「足りない」という根拠のない恐怖を乗り越えることができれば

ものをためこむクセも捨てることができる

どんな分野であれ10年も働いたら、

「自分には売れるものなど何もない」なんてことはありえない。

もしそう感じるのだとしたら、その人に足りないのは

「価値ある能力」ではなく、「価値ある能力に、気がつく能力」

 

今、この「価値を認識する力」の二極化が進んでいる。

 

「売れるものに気がつく能力」であり

「価値を認識する能力」の差が二極化の原因→この能力を「マーケット感覚」

 

マーケット=市場とは

・不特定多数の買い手(需要者)と不特定多数の売り手(供給者)が

・お互いのニーズを充たしてくれる相手とのマッチングされ、

・価値を交換する場所

 

(市場の構造を理解するための要素)

1:取引される価値(とても大事)

2:買い手=需要者(価値を入手する人)

3:売り手=供給者(価値を提供する人)

4:取引条件(価格など)

 

(市場の動きを理解し、予測・利用するための要素)

5:買い手と売り手が取引する動機

6:それぞれの要素に起こりうる今後の変化

7:市場の中で選ばれるための方法

 

「子ども1人育てるには何千万円必要だ。だから貯蓄を!」

と呼びかける金融機関に対して、

「子どもが1人いれば老後の費用はこれだけ少なくてすむ!

むしろ一緒に旅行や食事を楽しんでおくなど、

子どもや孫と仲良くなっておいたほうが、老後は安心です!」

と宣伝できるはずだが、見たことはない。

「お金のない老後はこんなに悲惨」という

貯蓄・投資市場側のキャンペーンばかり。

 

20代の女性で結婚相談所のようなサービスに登録する人は多くない。

焦って結婚する必要もないし、恋愛のチャンスも多い。

あえて20代でそうする人の中には、

「若い間に登録した方が良い条件で結婚できるのでは?」と

考えている人が多そう。

そうした女性が結婚相手を学歴や年収でどのように絞り込むか、だいたいわかる。

 

結婚相談所のようなサービスを使うべき男性は

「口べたでまじめ。ルックスにも自信はないけれど、年収も学歴も高い」

という人たち。街中でナンパより圧倒的に有利。

 

社会や人が動く根源的な仕組みを理解する能力がマーケット感覚

その仕組みを生かして何らかの目的を達成するための手法がマーケティング

 

マーケット感覚はマーケティングの細かいノウハウではない。

市場と向き合う経験から得られる、市場に対する嗅覚や根源的な理解力。

「価値を見極める力」

 

「価値」を正しく理解することが市場を把握するための鍵であり、

マーケット感覚の中で最も重要なのは、市場で取引されている価値について

正確に見極める力。

お金とは、影響力とオーラと自信と余裕を

身にまとうための一種のツールにすぎない

だから、とても大事

 

本当に心から本気で友達のことをどうにかして

あげたいと思うのであれば、まず自分が

「圧倒的に上」のステージまで駆け上がって

そこから友達を引っ張り上げるしかない

 

断捨離の本当の意味

ただ捨ててスッキリするだけじゃない

捨てて空いたスペースにより上質な

新しいものを入れるために捨てる

捨てることには勇気がいるが、

その対価として上質なものが入ってくる

 

儲かっているところは

◯◯×◯◯を掛けている

 

好きなことでお金を稼ぐのではない

「世の中から求められている自分の価値を提供すること」

でお金を稼ぐ

 

ミッションとは

「あなたがもし今、収入もたくさんあって

時間も自由にできて地位も名誉も名声も

手に入れたとして、身体も健康で

素晴らしいパートナー・家族に恵まれて

誰がどう見ても超最高な人生だったとして・・・

それでもまだビジネスをするならば、

何のためにそれをやるのか?」

 

羊やペンギンは群れる

なぜか?彼らは弱いから群れて戦うしかない

人も群れたがる

「自分が優秀ではないこと」を知っているから

不安で不安でしょうがない

だから、群れることによって安心を得ようとする

でも、そこからは何も生まれない

 

何でもそうだが、ブームが来たときは

もうすでに遅い

「仕掛けた側」の人しか儲かりにくいようになっている

「仕掛けられた側」の人は残念ながら全然稼げない

 

今はマーケティング3.0の時代

「価値主導のマーケティング」それを売りたい人の

「ミッション」や「ビジョン」に心を揺さぶられて

物を買う時代

 

自分の稼ぎをもってどう社会へ貢献するか?

これがミッション

 

少し前までは「キュレーター」と言って

この散乱しまくっている情報を収集して

自分の得意なジャンルごとにきれいにまとめてくれる人が

重宝されたが、最近ではキュレーター役は

個人がやらなくても「NAVEREまとめ」みたいな

サイトがごろごろある

 

ミッションとは過去のコンプレックスや劣等感が

関係している場合がとても多い

見たくなくて蓋をして、心の奥底にしまい込んでいる

その苦くて臭い部分の蓋を開けるという

作業をしなければならない