さて、前回は、世の中、そして僕個人が、マンチェスターロックを通して、ファンクなビートに覚醒して行く過程みたいな内容だったが、

マンチェスターロックの少し後に日本でも(ロンドンではもっと前から始まっていた)脚光を浴びたムーブメントのお話に。

マンチェスターロックの流行で、皆はマンチェスターロックのバンド、それに近い現行のバンド、要は流行そのものに深くハマって行った人と、

マンチェスターロックのルーツの肝である、「ファンク」に覚醒する人もいた筈だ。

ぶっちゃけ、僕は後者で、マンチェスターロックそのものにドップリハマる事無く、そのルーツの70'sFUNKの方へ興味が行ってしまった。

なんでも「古いほうが良い」という偏屈な考えかも。

一方で、洋物音楽ファッション情報誌などによく出ていたワード、

ACID!あるいはACIDハウスなる、クラブでの流行がある事を横目で見ていた。

そう、クラブが無視出来ない、バンドに取って代わる音楽遊びの主流になりつつ時であったのだ。


この頃になると、レコードはそれなりに持っていたので、お声がかかれば、飲食店を借りてやるような小さなパーティーでDJをやるようになってはいたけど、

まだまだバンド畑な自分としては、ハウスミュージックにはあまり興味は持てなかった。

そこへ、
次にこんなワードが出て来た。


ACIDJAZZ!



ん?ACIDJAZZ?ジャズはお洒落そうだぞ?
どんなジャズなんだろう?

そして、決定的に興味をそそられる記事を発見!


*雑誌 IDの記事のネット拾い画像。当時は雑誌で見た!


なんだこれ?

アシッドジャズモッズ?

モッズと関係があるのか?

俄然興味が。

友人達の情報でこんなバンドをチェック!

ん?なんか、モッズっぽいぞ?

聴いて見たところ、オルガンインストのバンド。

でも、ジャズって、こんなんだっけ?

マイルスデイビスとかコルトレーンとかの、あのジャズと全然違うじゃん?

戸惑いました。

まだ、ACIDJAZZの意味が、クラブで踊るジャズだって事を解っていなかった。

確かにモダンジャズでは自由には踊りにくい…。

そして、

JAZZ FUNKという分野を知る。

ファンキーでお洒落なジャケ。
聴いてみると、ファンキーなビートにジャズ的なインプロビゼーション。

音質も古い。

ハモンドオルガン、サックス、ピアノ、ギター(音色、奏法的にジャズギター)などなど、ジャズの楽器ごとの魅力もわかってくる。

何より、踊るにはもってこいなサウンド。

そう、ロンドンのDJ達が、踊れるサウンドを古い音楽に求めた時、行き着いたのが、

当時ノーマークに近かった60年代後半から70年代のジャズファンク。(格式重んじる古いジャズ愛好家からは、この辺のレコードはゴミ扱いだったらしい)

前述の、レアグルーブの、切り口違いとでも言おうか。

そこに、流行していたACIDハウスの、ACIDって言葉だけ をくっつけて、ACIDJAZZと呼んだらしい。
ACIDハウスブームへの「乗っかり」ですね。

少し前から、 FUNKに興味持ってた僕からしたら、ジャズファンクなるものは、なかなかの発見!

僕の中ではジャズファンクは、モッズっぽいファンク。

「FUNKのほうからこっちのMODSに寄って来てくれた!」みたいな感覚。

ACIDJAZZ MODS!うん、カッコいい!

そして、ACIDJAZZやTALKIN'LOUDなるレーベルから、その辺にルーツを持つ現行のバンドやユニットもリリースされているというではないか!

古い音楽ばかり探って来た中で、モッズなマインドで聴けるリアルタイムの音楽が、マンチェスターロックに続いて、また出てきた!

そんな感じ。

モッズの原形を縦深く追求するのも良いけれど、

例えば、60年代のモッズがタイムマシンに乗って今に降り立ち、

今聴ける音楽から何をpic upするか?

って想像で音楽を選ぶのも楽しくなってきた。


コレは僕個人ではなくて、世の中が、日本はもちろん世界中がそんな流れになって、

時ならぬACIDJAZZブームとなって行く。

あれ?俺いつのまにクラブ寄りな人になったんだろ?

そして、ACIDJAZZレーベルから、決定的世界的スターが登場する。



ジャミロクワイ


ジャミロクワイの登場により、ブームが加速!

アシッドジャズのファッションは、モッズを黒人っぽく崩した感じでイカしてた。


音楽、ファッション、クラブという遊び、

東京など大都市で成立していたものが、水戸のような地方都市にも浸透していったのはこの頃だし、

マンチェスターロックとアシッドジャズが火種になった事は間違っていないだろう。


ちょうどその頃、

水戸にあったSOUL BARが、ロック好きなウチのスタッフに場所を貸してくれて、パーティーを開くようになった。

そのSOULBARが、僕が知る限り、水戸で初めての、そして唯一のクラブだった。

その人が、アシッドジャズ、古いソウルやファンクをとても良く教えてくれた。


そして、SOULのハコだったのにも関わらず、僕たちロック好きな連中にハコを貸してくれたことは、

今に繋がっていると思うし、とてつもなく大きな事だったと思う。

若いしSOULなんかわからないガキみたいな僕らに、馬鹿にしないで、大切な自分のお店を貸してくれた上、ソウルミュージックやDJを教えてくれた。

水戸のクラブシーンの勃興だったのでしょうか…。

そのSOULBAR、そしてそのオーナーは、知っている人は知っている、今でも伝説である。



コレはコレで続きます。