1985〜6〜7年あたりの世の主流のファッションは、

簡単に言えば、DCブランドとチェッカーズ。

以前にも書いたが、リッチに見せたい人は高価なブランド、

そして、カジュアルに見せたい人は、当時の絶対的トップアイドル、チェッカーズ風。

チェッカーズは、元々ドゥワップのグループで、1950年代の音楽とファッションが好きだったはずだから、

売り出しの時はレコード会社の意向に従って、派手なチェックの衣装しか見られなかったが、

アイドルの位置が確立すると、プライベートな服は自由な私服で、50's風のアメリカ古着やミリタリーも取り入れて、とてもお洒落だった。

太いチノパンやアーミーパンツを取り入れたのも確かチェッカーズだった。  

当時のパンツのシルエットの主流は、1か2タックが入った太いシルエットだった。

世の中、そんなメディア主導のファッション一色の中、

東京ならいざ知らず、

水戸という地方都市では、

パンクファッションも、バンドやってる一部のマイノリティー、ましてモッズな人なんて全然見なかった。


しかし、僕の周りに居た友人は違ってた。

人を介して、ロックンロールなバンドを組むために紹介してもらった、僕とは学校が違う連中だが、

彼らは全く普通のメディアとは違う情報を持っていた。

その、様々な情報のうちの一つが「モッズ」だった。


雑誌のほんの一部に垣間見える「モッズ」の佇まいに、何故かピンときた。

痩せっぽちな体型故、大好きだったアメリカンオールディーズ、ロックンロールの持つ「タフな感じ」の装いに絶望?していた僕に一筋の光が!

ビートルズくらいは知っていたけど、同じ時代の英国に、スピリットにあふれたビートロックのバンドが他にもたくさんある事も、彼らを通してわかってきた。ザ フー、キンクス、マンフレッドマン…。

そして、そのうちの一人が、なんと!

あの「さらば青春の光」の、テレビ放映した、今思えば激レアな、「日本語吹き替え」の録画ビデオ(なんと、ベータだった!)を持っていて、それをみんなで観たのだ!

方針は決定!

「これからの俺はモッズだ!」


そこで、

モッズファッションに必要なアイテムをピックアップしてみた(紙に書いたりしてたんだ)。



*ボタンが3個付いてる上着

*黒いタートルネックセーター

*ノータックのスリムなズボン

*それっぽい?靴

*軍人が着るようなパーカーの、コートみたいに長いやつ

*ターゲットマークのトレーナー…。


文献は全然無し。

さらば青春の光と、レコードジャケットくらい。

細かいルールや、どれが本物か?なんてわかるわけない。

しかも、「モッズ」に絞った情報など無いから、

60年代風、そして、ネオモッズの、「THE JAM」のイメージのみ。

しかし、水戸にちょいちょい出来始めた「古着屋」などを利用し、ジャケットやパンツを何とか入手。

これも今では信じがたいが、「オシャレな古着」は、わざわざ東京まで買いに行くものだったのだ。


何色とも形容しがたい地味なツィード風の、「ボタンが3個付いてる上着」、そして、黒いコーデュロイのストレートパンツを無理矢理、裾を16センチまで細く直したズボンを手に入れた。

何故そんな苦労をするかと言えば、今は信じがたいが、タックの無いスリムなズボンはアウトオブトレンド、

本当に売ってなかったのだ。



今思えば酷い。ジャケットは、身幅も広いボックスタイプ。

後で知るのだが、モッズはサイドベンツ○インチ、とかのルールがあったのだが、

そのジャケットはセンターベンツだった。

そのコーデュロイのズボンはまあまあな感じだと思ったが、股上が結構深かった。

でも、「ミックジャガーが穿いてそうだな。」とか思って満足してたけど、その考え自体間違っていたことを知るのはずっと後だ。

ロンドンモッズは、ストーンズがあまり好きではなかったらしい。

そして、前回のブログに書いた通り、
東京へ「モッズ服&レコード探す遠征」に出かけ、

軍人が着るようなフード付きコートと、

自分が知る限り関東で2つしかないモッズやってるショップのひとつ、新宿アルタのSWITCHへ行き、

ターゲットのトレーナー!をゲット!

このターゲット、これまた例の友人宅で観たビデオ、
60年代の音楽番組、「ready steady go!」の、THE WHOのキレまくった演奏を観てヤラレた結果、誰よりも早くターゲットを着なくては!と思った結果だ。

しかし!

手に入れたアーミーコートは、ドイツ軍のものだった。

後になって、「モッズパーカーは、フードにコヨーテの毛がついた米軍のM…。」なんて言われたってそんなの知らないよ!


そしてターゲットのトレーナーは、サイズがブカブカだった…。

どうすれば正解なのか、よく分からずに買ったから仕方なかった。

それでも僕は意気揚々とそれらを纏って街を歩いたものだ。今思い出すと、穴があったら入りたいくらいだ。


靴も、トラッドショップのSALE品で、なんとなくそれっぽい、スェードのネイビーの、少し先の尖った靴を手に入れた。

だいたい揃ったかな?(勘違い甚だしい)

さて、そこまで来て問題が。

当時、先程書いたように、時はチェッカーズ全盛、

まして髪型はといえば、

それこそチェッカーズ風か、マッチ(近藤真彦)がやってた強引な7:3分分けのほぼ2択!



どちらも、サイドから襟足は刈り上げ、

もみ上げのところは、スパッとまっすぐに切り落とした、テクノカット(何故か、アイビーと呼ばれてもいた)が、「主流」というより、「掟」!

「モテる」にはそれしかなかった。

が、

モッズってのは、もみ上げがバッチリある。

むしろ長い。

あの頃の流行の中、もみ上げなんか伸ばしたら、「迫害」を受けかねない空気。

しかし、

モッズ(風)を完成するには(その時点でも完成には程遠かった)、もみ上げをまっすぐカットする事を我慢しなければならない。

60年代風にしたかったが、あの頃は、マッシュルームヘアという選択はもっとあり得なかった。

そんな頭してるやつ、ろくに床屋に行ってないガリ勉君くらいしかいなかった。

そこで、

意を決して、もみ上げを伸ばし、トップを短くして、そこで、THE JAMのイメージに。(左端風)


その、 JAM風?ヘアスタイルで、卒業ももうすぐ、という頃に学校へ行った。

昇降口(笑)に入る時は、死刑に赴くような怖さがあった。

しかし、これはこれから最先端になる!と信じて、
クラスメイトにそのヘアスタイルで対峙した…。


結果、クラスメイトに言われたのは、

「猿」だった。

自分が「日本人」であることを痛感した。





キリが無い(泣)。
長くなるので、続く(と思います(^^))