ストリートファッション、

今では、ストリートファッションとは、「ダボっとしたスポーティーなファッション」って感じの解釈で、ある程度特定のブランド、それの着こなし方を指すけど、

その言葉が生まれた当初、ストリートファッションは、また意味が違っていた。


時はバブルも弾けようかという、80年代の終わり頃から90年代、

それまで主流は、バブルを謳歌するようなブランド物に身を固めたファッション(高校生含め)。


いかに高価で、いかにリッチ(笑)で、いかに都会的か(ローカルにおいては、東京に近づけるか)がメインテーマ。

その流れのピークがやや過ぎた時、カウンターとして、

ブランドにとらわれず、チープに、そして様々なサブカルチャーの情報を元に、自分なりのチョイス&アレンジをして、

人とは違う個性的なアイデアで着るか?

という流れが出てきた。

「現在」ではなく、「過去」のルーツミュージックやカルチャーをチョイスする、リバイバル(これに関してはまたいつか書く)も活発に。



さて、先端的な感性を持ったファッション好きの人達は、

これまでと違った感性をもつ新進気鋭のブランド、

50年代から続くそれぞれのロックファッション始めとする特定ジャンルのスタイル、

あるいはノージャンルのミックススタイル、

少し前から新しく生まれたばかりのHIPHOP、スラッシャーなどなど、

個々がそれぞれのファッションや音楽にハマって、熾烈な個性の競い合いが始まる。



さあ、格好を決めたら、あとはそれを見せつけるために遊ぶだけだ。

そのステージこそ、地元のストリート。

思えば、「イケてる!」と思われているジャンルが一気に多様化して、一色に染まるというより、何色ものカラー(スタイル)が一気に吹き出して、

水戸というローカルとはいえ、結構カオスな感じだった。




例えば僕だったら当時、モッズを主とするロンドンファッションが好きになった上に、

バンドも組んでいたので、スタジオに練習に行くにも、それぞれ直接スタジオに行かずに、どこかで集合して、ゾロゾロとモッズ(っぽい?)格好で歩いて行ったもの。

もちろん見てもらうために。


バンドを始めとする友人同士の小さなグループ体は、それぞれみんな拠点(服屋とか喫茶店など)を持っていて、

誰それに会おうとすればそこに行けば誰か居たし、連絡網もそう行った拠点を利用していた。(当時のそれぞれのお店様には多大なご迷惑をおかけした)。


いずれにせよ、拠点から拠点へ歩くので、そんな移動も、ある意味ファッションを見せる時間だった。


ストリート系の本質が見えてきたかな?



それ以前の、ブランド主流の時も、行動パターンはやはり同じで、高いブランド服で身を固めた人達も、やはり見せつけるためにストリートへ繰り出していた、けど、

何が変わったか?といえば、ブランドを見せつける(そればかりではなかったのはわかっている)よりも、自分の個性、自分のアイデアセンスを見せつける、という点。

アイデンティティー、という言葉も、その頃からよく聞かれるようになった。

ストリートファッションは、かつては、特定のブランドや装いではなく、

自分のアイデンティティーをストリートで見せつける、というファッション全てを意味していた。



ま、今は今の時代の空気が反映されての今だから、昔は良かったなどというつもりはないけど、

誰もがイキイキとしていて、活気があったことは間違いない。

終わった時代のことをどうこう言うつもりはないけど、
 
小さなモバイルの中でいろいろ完結出来る便利な今、

何を得て、何を失ったか?

街の活性とかいろいろ言われる中での、個々が出来ることへのヒント、(大きな力に依存せず)、

そういうアングルでポジティブに過去を振り返ったりするのも、意味があるかもしれないヨ。


※画像は、全て1992年 雑誌 キューティーから抜粋