渋沢百訓の「孔子の天命観」
天は公正無私にして絶大無辺の力を持つもので、人はその命ずるままに行うべきものと観念すべきである。孔子は「五十にして天命を知り」天命に従うた。
孔子が天命を偉大なものとして見たのは、天に祈って富貴を得ようとしたのでもなく、栄達を希ったのでもなく、また病苦を去らんがためでも、薄幸を除かんがためでもなかった。天とは自然の力の集合したものである。ゆえに人の身の上や、一家の内なぞに幸福や不幸のあるのは、これすなわち天命のしからしむるところで、人として天命に背かぬ行為をすれば、天はこれを助けて幸福を授けるし、もしそれに反して悪行醜事を行えば、天はただちにこれを咎め罰して不幸を与える。天運も、天祐も、天罰も、天誅も主として人の心がけの如何にある。「天は自ら助くる者を助く」である。自ら天運天祐を得んと心掛くることによって幸福は来たり、それに反した行に出ずれば不幸の来るは言うまでもない。
余は昔から宗教と名のつくものは一切嫌いである。耶蘇教はもちろんのこと。東洋教たる仏教も好まない。もちろん耶蘇教にしろ仏教にしろ、その根本的教義の悪いはずはないが、これを布教する政略が気に喰わない。ことに仏徒においては、かの法然上人が「一念弥陀仏、即滅無量罪」なぞと唱えて、愚民愚夫を誘うがごとき例がいくらもあるが、そもそも余はそれが嫌いである。ゆえに宗教によって安心立命を得ようとは思わず、真の安心立命は儒教に依らなければ得られぬものと観念した。青年時代より今日まで決してその心は動かなかった。
余は真の安心立命は天にあると信じておる。けれども、天を精神的安住地にするからというても、自己の不幸を天に祈って救ってもらおうとしたり、幸福を授けたまえと祈ったりするような、そんなわがままな利己的なことを天に頼むことはせぬ。菅原道真公の歌「心だに誠の道にかないなば、祈らずとても神や守らん」という心をもって、天に対してどこまでも、この心持を持続しようと思うのである。
余は天に対しても、神に対しても自己に幸いあれかしと祈ったことはない。ただ自己の本分を尽くす上に、不足なきや否やにつき自省するのである。しかも安心立命はここにある。俗にいう「あきらめ」とはこの事で、この一念に対し惑わず倦まず直進するまでである。
天命とは実に人生に対する絶対的な力である。この力に反抗して事をなさんとしても、それが永久に遂げうるものではない。かの「天命を知る」時において、人は初めて社会的に順序あり系統ある活動ができるとともに、その仕事も永久的生命のあるものとなるので、これすなわち天祐、天運の起こる所以である。
されば天命を楽しんで事をなすということは、処世上における第一要件で、真意義の「あきらめ」は何人ももたなくてはならぬ。そして仏教における「涅槃の境」よりも、耶蘇教における「天国」よりも、この「天命に安んずる」の境地のは、何人も到着しやすいところである。ゆえに人もわれも常にこの心を心とし、意義ある生涯を送るようにしたいものである。