1日毎に少しずつ気温が上がってきます。
昨夜眠る前に「明日は当麻の護念院へ行こう。」と決めてカレンダーに大きく護念院と書いておきました。
こうして置かないと、家事で何やかやと目に付いたことを始末してしまって、午前中は写真どころではなくなってしまいます。
昨年、護念院の枝垂れを撮りたいと出かけたのが、散り敷いた花桟敷を歩いて、池に花筏をいっぱいに浮かべて、肝心の西塔と桜は、僅かな花暖簾となってしまった時期でした。
悔しかったのですが、名残の枝垂れもいいものと、自分を慰めて、来年こそ花の盛りに訪れようとネット情報を毎日丹念に見ていました。
あぁ良かった。枝垂れ桜に感激して花の下を歩んでいた時、ばったりと出会ったのはブログ友のカメラマンさんでした。
いつもご自身のテーマを貫いたいい作品をUPされる方なので、楽しみに観させて頂いている方なのです。
もう撮影を済ませてお帰りの時と、これから枝垂れと向き合おうとしている私だったのですが、おつき合いしてくださって、一言アドバイスを時々入れて頂き、いつもいい加減な私にとっては、とても勉強になりました。
池の面に
堂宇の屋根に
太い幹から伸びた枝の細い枝垂れが
4月を思わせるような日差しの中で
西塔を美しく装って、優しく華麗に護念院の春日和を、花日和にして、撮影するというより観桜に心を奪われて、去りがたい庭園でした。
野山にある1本枝垂れも、霊気や元気などの気を伝えてくれますが、お寺の枝垂れは、お寺の佇まいや、甍の美しい並びの語り掛けるようなこの時期ならではの語らいを見ることができます。
護念院を辞して当麻寺の広い境内を仁王門に向かって散策するとき、護念院の桜が、
あちこちから思いがけないアングルで見えてくるのも、当麻寺の桜の頃の好きな歩きです。
沢山撮った写真を、ブログにUPしたのも、できなかったのも、コラージユして今年の枝垂れとの出会いの思い出の記録としました。