山の上の本堂への谷川に沿って、今真っ赤な実が房のようについた南天が、昨夜の雨の滴を抱いて

艶やかに並んでいるのは絶景である。 

 

次第に高くなっていく様子がこの画像でも見ることができる。

常緑樹をバックにした谷の楓は色鮮やかである。

手前の敷地も多分お堂の跡なのだろう。 

 

 

「わぁ!凄い石段。」先年 初めてここに来た時には、そんなに驚くほどの高さとは感じなっかったので、どんどん登って行ったものだ。

でもさすが1番上についた時には、息を弾ませていたことだけは覚えている。

年を重ねて、その上膝に故障をを持った今、登ることに対してまず、心が拒否反応を示してしまう 。

これが歳をとるということなのだと実感している自分が情けない。

受付の女性が、「下の方からスロープの道がありますから、そちらから登ったらお薬師様と出会えますよ。」

そう言ってもらったので、スロープの道を登って行くことにした。 

 

しばらく歩くと、十三重石塔と墓石群が整然と集められているのは見事だ。

代々の正暦寺の僧や多くのお堂、お寺に祀られていたのをここに集めて本堂にお詣りする人を迎えてくれるのかもしれないねと、自分勝手な想像をしながら手を合わせてご挨拶をする。

 

 

墓石群を回り込んでいくらか急な坂を上ると、後ろからの石仏を見ることができて、下では姿を現していなかった石仏も目に入る。 

 

 

古い石垣が見えてきて、いよいよ頂上の本堂のある、広い境内だ。 

 

  

すぐ左手のひときわ高いところに、鮮やかに色づいた楓があり、登ってくる人を迎えてくれているようだ。

見晴らし台だと友人が言う。

苔むした石垣とその積み方にお寺の歩んできた歴史の重さを見たような気がする。

 

 

高い位置にある鐘楼からは、谷の木々の紅葉が見下ろすことができる。

 

 

現在の広い境内の向こうに美しい楓のひとかたまりがありとても綺麗だ。

手入れの行き届いた様子を見ることができる。

後ろの山が常緑樹なので、紅葉は浮き出てくるように見える。 

 

 

万葉の歌碑 

大津皇子の御歌一首

経(たて)もなく緯(ぬき)も定めず娘子らが織る黄葉(もみじば)に霜な降りそね(巻8-1512)

縦糸もなく横糸も定めずに、おとめごたちが織るもみじの錦に、霜よ降らないでおくれ

 

 

本堂には座ってお詣りしている人がいて、テープかもしれないが、読経が厳かに流れて、静寂な境内が仏の世界といったような感じに包まれる。

私は本堂に上がって座れないので、下で手を合わせて、今日ここにお参りでき、ご本尊の薬師如来様とのご縁を頂いたことへの、感謝の気持ちでお詣りをした。