元興寺で至福の時を過ごして、奈良町の散策をと考えたが、仏像や花たちのある風景の中にいるときには、膝の痛さも忘れて、癒されることの方がずっと多かったのだが、町に出るとかなり疲れている自分に気が付いた。膝は痛いというよりもだるい感じがする。
ゆっくり近鉄奈良駅へ向かった歩きだした。
猿沢池の南東にあるベンチに腰を下ろして暫く休憩した。目の前に九輪の仏塔とやや色づき始めた楓があり、風にそよぐ柳の木が「奈良昔話」の、衣掛けの柳と伝説の主人公の、美しい采女の供養塔であることを確かめた。
采女伝説
福島県の郡山市片平町に春姫という美しい娘が住んでいた。奈良の都から葛城王が東北巡察使として彼の地へ行った時、奈良へ連れて帰って采女として宮中に仕えさせることになった。美しい春姫は天皇に見そめられて寵を受けたが、その寵の衰えたことを嘆いて、池に身を投げたと伝えられている。池の南東には、采女が入水する時に衣服を掛けたという衣掛柳があり、北西には采女神社がある。この采女神社は自分が身を投げた池を見るのは嫌だと言って後ろを向かれたということで、道のある池側とは反対の方を向いていらっしゃる。
ところが、采女さんの出身地の郡山市の方ではこんなふうに伝えられている。春姫は、故郷に残してきた恋人のことが忘れられず、衣を柳に掛けて身投げしたように装い、故郷まで苦労して帰り着いた。しかし、大和朝廷に遠慮した故郷の人達は彼女を温かく迎え入れなかったので、春姫は彼の地の井戸に身を投じて亡くなったということだ。いずれにしても哀れな話である。
今もこの薄幸の美女の霊を慰めるために、毎年仲秋の名月の夜、采女神社に花扇を献じ、その後二隻の竜頭船にのせて池を二周し、最後に花扇を池に投じて供養する。(奈良の伝説より)
福島県の郡山市片平町に春姫という美しい娘が住んでいた。奈良の都から葛城王が東北巡察使として彼の地へ行った時、奈良へ連れて帰って采女として宮中に仕えさせることになった。美しい春姫は天皇に見そめられて寵を受けたが、その寵の衰えたことを嘆いて、池に身を投げたと伝えられている。池の南東には、采女が入水する時に衣服を掛けたという衣掛柳があり、北西には采女神社がある。この采女神社は自分が身を投げた池を見るのは嫌だと言って後ろを向かれたということで、道のある池側とは反対の方を向いていらっしゃる。
ところが、采女さんの出身地の郡山市の方ではこんなふうに伝えられている。春姫は、故郷に残してきた恋人のことが忘れられず、衣を柳に掛けて身投げしたように装い、故郷まで苦労して帰り着いた。しかし、大和朝廷に遠慮した故郷の人達は彼女を温かく迎え入れなかったので、春姫は彼の地の井戸に身を投じて亡くなったということだ。いずれにしても哀れな話である。
今もこの薄幸の美女の霊を慰めるために、毎年仲秋の名月の夜、采女神社に花扇を献じ、その後二隻の竜頭船にのせて池を二周し、最後に花扇を池に投じて供養する。(奈良の伝説より)
膝を休める暫くの間、興福寺に上る五十二段を眺めて、この石段をとんとんと休憩なしに上った学生時代からつい2~3年前までの
健脚な時が無性に懐かしく思えてくる。
池の傍のベンチでの休憩で楽になったので、興福寺の五重の塔を右に見て駅に向かった。