花冷えのしんから寒い花会式の日となった。朝から雨が降っていたので、午後にやむことを願って、出かける準備をしていた。
昼食後願いが聞き届けられたかのように、雨が止んで日差しはなかったが、空に明るさが見えたので「お釈迦様の生誕の(この場合はご降誕)花会式が行われる飛鳥寺へお詣りに出かけた。
花御堂と、上のご生誕時のお釈迦様と一つの画像にしたかったのだが、お寺では雨の場合の準備でテントを張ってくださっていたので、傍に行って、別々の画像でしか撮れなかった。
日本最古の本格的仏教寺院、飛鳥寺では609年より受け継がれた、お釈迦様ご生誕をお祝いする古からの仏事は、609年より途切れることなく受け継がれてきた仏事である。
ここ3年くらい花会式には飛鳥寺にお参りさせていただいているが、昨年は飛鳥寺のお詣りする前に、橘寺にお詣りしたらやはりお釈迦様の花会式の準備が本堂前に整えられていたので、甘茶を注いで健康をお願いしてきたのを思い出す。

山門を入るとお世話役の女性の方が、「甘茶をどうぞ」と声を掛けてくださったので、ありがたくいただいた。甘茶特有の甘さが喉に気持ちよく、これを頂いただけでも元気が出たような気がする。お釈迦様がお生まれになった時に、甘露の雨が降ったと伝えられていることから、お釈迦様にお参りの人はみんな甘茶を注いで、幸せな世の中でありますように、健康でいられますようにと、それぞれのお願いをする。
誕生仏に甘茶を注ぐ人。
村の招待の人や自由にお参りしている人も、法要の後本堂前のお釈迦様に甘茶を注ぐ。
住職様からのお礼の言葉と法話をしてくださる講師先生の紹介などされる。お話のなかで地蔵菩薩へのいたずらの件に触れられた。報道されるとすぐネットで多くの方からお尋ねや心配のコメントや呟きが入って、人の優しさに触れる思いがしたと言われた。こんなことが起こらないようにとの願いはみんな同じだとお詣りの人と話しあった。
40分間の法話の題は、「源を尋ね、根を培う」で釈尊の生き方、釈尊の教えが、今を生きる私たちにとって深く感じるところがあった。
「今生かされている」こと、無事な1日過ごせることの感謝の心の大切さを知った。高齢になると、つくづくそう思える毎日である。
最後に、さだまさしさんの「いのちの理由」という歌のCDをかけてくださった。私はこの歌に感動し覚えていたのでそっと口ずさんでいた。
雪のような桜のはなびらの敷き詰めた庭が美しい。
寒い日であったが、法話をお聞きして心はほっこりとしてお寺を辞した。
隣の席に座った若い女性と、「また来年ここでお会いできるといいですね。」と話して別れた。