ワットの蒸気機関によって、わが国の蒸気機関車の発展が顕著になったことは、小学校の頃難しいことが理解できなかったが、歯車の動き、ピストンの働きなど、このような機械の造りだったのかと感心しながら眺めた。 

 

  

小さな駅の改札口だろうかと思ってみていたが、国鉄時代の町や村の駅舎の改札口はこんなのだった。 

 

手荷物を預けたり、小荷物を受け取ったりしたのはこの窓口だ。また大きな荷物をこの窓口で預け、降りる駅まで運んでもらうようになっていた。そんな手荷物の扱いは、子供の頃だったから、大人に人が駅員さんから受け取ったりする光景を記憶している。 

    

貨物列車には牛や馬の動物運搬専用車もあった。除雪車が雪を線路脇に吹き飛ばして恥っている。雪国ではこんな列車が人々の暮らしを支えていたのだ。 郵便マークのある列車は、郵便専用だったのだろうか。私の学生時代の通学列車の中もこのようだったので見ているととても懐かしい。ジーゼル車になるまでは、この町を走る蒸気機関車に引かれて普通の客車はみんなこれだったと思う。窓を開けていると石炭のかすが煙と一緒に流れてきて、目に入ったものだ。 

  

夢の超特急が、東京に向けて走った時、東京オリンピックの競技を観戦する機会を父が与えてくれて、わくわく気分で夫と東京に行った感激は忘れられない。

  

閉館まであと少し、小学生低学年の子達が、社会見学を楽しんでいる。

 

 

  

今日のニュースで新幹線の速度がまた短縮されたことを聴いた。更に進化していく列車には、人々の夢があり、点と点を結ぶ線が延び、時間が短縮されていく。その歩みが新しくなる京都梅小路の鉄道博物館に残されていくことだろう。

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