綺麗に整えられた石段を登ると、 檜隈大内陵(ひのくまのおおうちのみささぎ)、野口王墓古墳、天武天皇と皇后持統天皇の夫婦合葬陵である。
『続日本紀』によれば、持統上皇(太上天皇)が58歳で亡くなったのは、大宝2年(703)12月22日だった。1年間の殯の後、大宝3年(704)12月17日に飛鳥岡で火葬され、その月の26日に大内陵に合葬された。
天皇の火葬はこれが初の例であった。合葬は、壬申の乱以来夫と苦楽を共にしてきた女帝の遺言だったのだろうと言われているそうである。
次に訪れたのは、吉備姫王墓(きびひめのみこのはか)である。
ここは明日香の不思議な石造物の猿石が、玉垣の中に四体安置している。この猿石を見ていると、壺阪山から登った高取城跡の明日香から登りついた登山道の所で、明日香の方向を見て座っている猿石がすぐ思い浮かんでくる。
「明日香恋し」と寂しそうにしている悲しげな猿石が、どうして高取城跡にあるのか、悲しいロマンのあるような話を聴いたことがある。
猿石が発見されたのは、江戸時代水田から掘り出されたと上の説明板にある。
その四体の猿石を下にアップした。なんともいえないユニークな表情をしている。
今年はことのほか寒い。散策するのも近いから行くものの、もっと温かくなってから、あちこち散策したいと思っている。
何度行っても面白い発見がある。
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