遍昭の古今和歌集 夏・165に「風吹けば蓮の浮き葉に玉越えて涼しくなりぬひぐらしの声」
このような情景になるのは、この暑さでは、まだまだ先のことだろうと、溜息交じりに、ひぐらしどころか、クマゼミの声にうんざりして1日を過ごしています。
それにしても蓮の花は、いかにも涼やかに咲いて待っていてくれるもので、そこには癒しの空間が広がっています。

耳成山(みみなしやま・139.7m)で、大和三山のうちでは、畝傍山と共によく目立つ山です。
香具山は、多武峰連山の続きのような形態であるのに比べて、耳成、畝傍の山は独立した死火山だそうです。
山容からすれば、私は耳成山が好きです。

源俊頼の「 金葉和歌集 哀傷・154」に耳成の和歌が見られます。

「耳成の 池し恨めし 我妹子が 来つつ潜かば 水は涸れなむ」

万葉集には、この歌をいれて、耳成山が三首(他に耳成の池が一首)、畝傍山が六首、天香具山(香具山のみも含めて)が十首以上詠まれているそうです。
このように古代の人々にいとおしまれてきた山に囲まれて、藤原宮跡の蓮は確かに古代をしのぶよすがとして、現在の私たちの心にも大きな存在となっています。


「今年の蓮に会いたい」毎年のこの願いを、果たし続けることは、私にとって感動の対象があり、そこに心も足も向けることができる喜びなのです。