
「立て里の荒神さんへ参ろうか。」前々からお参りしたいと思っていた矢先のこと、二つ返事で便乗させてもらうことにしました。

お参りの順序があるようで、高野山は大門を横目で見ながら町を通り過ぎました。

ますます山が深くなり尾根筋から見下ろした、遥か・遥か下のほうに箱庭のような野迫川の集落が見えていました。

元は、荒神岳山頂(海抜1260m)に鎮座していたと伝わり、古荒神と称したようです。
現社地は尾根沿いに北へ2kmほど下ったところです。


目にできる山々の絵と名前標高など、分かる人にはよく分かるだろうと思うように表示してくれてありました。
きっと何度もお参りしているうちに、山を見れば分かるのでしょうね。
この日のように遮るものもなく、山容を見える日もそうないのでは・・・と思ったりしました。

ストックを持ってきていたのですが、石段が急ではないから大丈夫と言われたので、手すりもあることだし、カメラも使いたいし、結局車においたままにしました。



時々降りてくる人と出会いますと、「おはようございます」「ようおまいり」「もう少し頑張って」などと声をかけてくれますので、私もハァハァ息をするのを整えながら、大きい声で挨拶を返しました。
それにしても大変な石段と、大変な鳥居の数です。しかもみんな塗りではなく白木の鳥居で、長年山の空気に馴染んで森の色の一部になっているように見えます。
火を扱う関係の仕事の人の信者さんが多いそうです。火の神様としても知られます。

登って、登って、登って、さらに登って、やっとお社に着きました。
お参りして見上げて驚きました。
杉の巨木が神殿の屋根を貫いて上に伸びている のです。
この現社殿は昭和7年に建立されたものだそうです。

ゆっくりゆっくり神様と、向き合える時間を持たせていただきました。
心残す所なく、お参りできた喜びを噛み締めながら、一段一段、石段を降りていきました。


五條市西吉野町と、野迫川村の境界線で「気をつけてお帰るください」に見送られて、涼しい野迫川村池津川の立里荒神さんにサヨナラしました。