中興堂横の茶室でのお茶席は12時の組になったので、それまでの時間境内散策をしました。

    

左の2画像は、「松尾芭蕉」が「鑑真和上」を偲んで詠んだ句 「若葉して御めの雫拭はばや」

北原白秋が「鑑真和上」を偲んで詠んだ歌 「水楢(なら)の柔き嫩葉(わかば)はみ眼にして花よりもなほや白う匂はむ」
御影堂から鑑真和尚の御廟に続く築地塀、瓦築地塀と私のとても好きな塀のある風景です。
ここまでは訪れる人も少なく静寂の中、若葉の葉摺れの音が身に沁みるようです。


御廟の苔の庭に差す光が、柔らかくまるでビロウどのようです。
木漏れ日の陰影は自然の芸術作品といえましょう。

     

742年に日本からの熱心な招きに応じ、渡日を決意された鑑真和尚は、五度の失敗を重ねられ盲目の身となられましたが、753年六度目の航海でついに、来朝を果たされました。
翌年和尚は東大寺の前に戒壇を築き、聖武天皇をはじめ四百余人の僧俗に戒を授けました。
759年戒律の専修道場を創建されたのが、現在の唐招提寺の始まりだそうです。


これは、大修理をして完成した現在の金堂の鴟尾ですが、新宝蔵には解体した時の鴟尾が収納され、鎌倉時代(東方)平安時代(西片)の貴重な銘文があり、国宝に指定されました。
新宝蔵には、大半が奈良時代次は平安時代鎌倉時代の重要文化財とされている、仏像経典が展示されていましたので、この機会にゆっくり拝観することができました。


昨年は時間に遅れたので、縁側でお抹茶だけを頂いたのですが、今回は12時という時間の指定どおりお茶室で作法に従ってお茶を頂きましたが、何しろ不調法な私ですので、見よう見まねでお茶と言う日本文化を体験させてもらえたのも良かったです。
お道具とかお茶碗については全く分からなかったのですが、床掛けのお軸は、棟方志功の画に森本長老の書が、この日の何よりのお接待だと感動しました。
お花は、オオヤマレンゲの蕾だったことも印象的でした。


講堂と金堂の間の広場に人が集まり始めました。
うちわ撒きは3時からですのでその前の法要が講堂で執り行われる時刻になったのです。


写真の撮りやすい位置へ案内してもらって急ぎました。
途中、講堂裏で僧衆入堂の場面に出会いました。
2~4の画像は、私と二人の友人が撮影場所と決めた梵鐘の前です。
「ゴーン」と物凄い音がするので、覚悟しておくことと友人が言ってくれましたが、最初のうちはゴーんとなるとシャッターを、無意識に押してしまっていました。(これはうちわ撒きのときのことです。)
講堂ではもろもろの法要が行われているようですが見えません。
5枚目は、舞楽奉納の楽人が準備を始めました。

   

舞楽奉納
笙、篳篥、打楽器など日本古来の楽器を楽人が奏し、それにあわせて金堂から舞人が舞台の上を講堂に向かって舞を奉納します。
古代の衣装なのでしょうか、色鮮やかな質感のある衣服や、被り物をして、剣や扇、槍など勇壮なそれでいて雅な舞が奉納されます。
見応えのある奉納舞楽でした。



舞楽奉納の後3時になると、うちわ撒きが始まりました。

「唐招提寺のうちわまき」と言われていますが、ただそれだけでなく、唐招提寺にとっての大切な法要がびっしり詰まった日でした。