
箱根の山越えをする時に、荒れた山の中はさぞ大変だったろう。
そこで、このような石畳の道が山の中に造られている。
作る労働ももっと大変だったとそんなことを思いながら滑らないように少し歩いた。
奈良県にもこれと同じような滝阪の道があり、奈良と柳生を繋いでいる。
全て人力作業の当時は想像を絶するが、今にして残っているのはその人力作業の精巧さを物語っている。

40万年前の火山活動の名残りを今に伝える噴煙があちこちで立ち上り、硫黄のにおいが立ち込める大涌谷に、足を踏み入れたのは初めてだった。


夕食までに山中湖畔へ行って見ようと、暮れなずむ湖に立って、暗闇に隠れようとするしばしの間、明日はどんな姿を見せてくれるか楽しみな宵の口だった。
