大神神社の拝殿を降りて、祈祷殿の左に沿っていくと緩やかな石段の道がある。
これは山之辺の道に通じている。

狭井神社(さいじんじゃ)と反対への道標を辿って行った。
小高い丘に通じる山道が整備されていた。

以前山之辺の道を歩いた時には、2万人近くの人の参加だったので、ここには立ち寄らなかった。

初めて登った展望台である。


陶板の説明図の一部

展望台は狭く大勢の人が一同にここに立つのは不可能である。
何人かのグループが眼下に広がる景色を楽しんでいた。
晴天だったけれど、遠望は朧であるのと逆光の時間帯だ。
目で捉えるようにはカメラに収めることが出来なかった。



大和平野の南東部、飛鳥古京の北に並ぶのが大和三山である

耳成山

耳成山(みみなしやま、139m)
古代大和政権の時代に歴史に彩られ、万葉にも多く詠まれた。

耳成の池し恨めし 吾妹子(わぎもこ)が 来つつ潜(かづ)かば水は涸れなむ」巻16-3788



畝傍山

畝傍山(うねびやま、199m)

「香具山は畝傍雄々しと 耳成と相争ひき
神代よりかくにあるらしいにしへも しかにあれこそ
うつせみも つまを争ふらしき」巻1-13中大兄皇子(後の天智天皇)


天香具山

天香久山(あめのかぐやま、152m)


春過ぎて夏来たるらし 白たへの衣干したり 天の香具山」巻1-28 持統天皇


展望台の位置からは大和三山が望めるけれど、カメラには三山を収める、機能も技術もなく、結局それぞれの山を撮った。
いつの日か、この三つの山を一枚の画像に入るスポットに立ってみたいと思っている。
古代の神話、妻争いの三山と、古代史の英雄といわれた天智、天武両天皇と万葉の歌姫額田王との華麗な三角関係を思いながら、朧な大和三山を眺めていた。