ある日、仕事から帰ると、母がぽつんとソファに座っていた。
元気がないので、どうしたのか聞いてみると、誰かに連れられて
どこかの事務所に行ってきたという。
意味不明なので、母のバッグの中を見ると、借用書のようなものがある。
これは、新手の詐欺か?
私はあわてて、交番へ駆け込む。
「これは、詐欺ではなく病院でお金を払ってないという、借用書みたいなものですね」と言う。え~?
自分のスマホを見ると、登録のない番号からの着信があった。
病院からで、救急搬送されたとのこと。なんで体中にシールがついてるのか問うと、
はがすの、忘れました、と言う。
路上で転んで、救急搬送されたが、軽症のため、タクシーで帰らされたらしい。
はい?でも悪夢は翌日だった。
朝起きると、母は足がひどく痛いと訴える。
でも、私は、今日は仕事が忙しい、休むと迷惑が掛かる。
1時間で早退するから待ってて、と言って出勤したが、帰るまで4時間かかってしまった。
家に帰ると、しょぼんと玄関に座っている母がいた。
あの時の、母の悲しげな顔は、忘れられない。
足を見ると、ひどく腫れていた。折れてる!!
救急車を呼んだ。救急隊の方も折れてますね。と言った。
私は救急隊の人に「昨日、救急搬送されたんですけど!」と訴えると
足が痛いと、申告しないと、診ませんよ、と言われた。
ここには、江口洋介はいないのかー?と、叫びそうになった。
後でわかったが、江口洋介はいない。ここは救急救命センターではないんだもの。
救急搬送されて帰された翌日、また救急搬送されて、入院。認知症と診断される。
みんな敵だ。母のことを、大切に扱ってくれる人なんかいない!
そう思ったが、あれから、大分経った…
今は、冷静に思う。何度も救急搬送される母は、実際迷惑だったのだろう。
あの時、母の危うさを全く感じていなかった私。ダメダメな私。
今は、仕事の休憩時間に家に戻って、母の安全と、そして、周りの人に迷惑をかけないように、注意している。
もう、あんな悲しそうな、母の顔は見たくない。絶対に!