こんばんわ🌙

助産師|AUIセラピストのひかるです👩

 

助産師として働いていると、

「どうして助産師になったんですか?」

と聞いていただくことがよくあります

 

今日は、

私の人生の中で大きな転機となった

助産師になった理由について

少しお話ししてみようと思います✍️

 

 

 

私が助産師になったきっかけは、とてもシンプルで

 

・母が助産師だったこと

・そして、乳がんで亡くなったこと

 

この二つがありました

 

 

 

母は助産師でしたが

小さい頃の私は

「助産師になりたい!」と思っていたわけではなく

 

幼稚園の先生や教員になれたらいいな

と、なんとなく思っていたくらいでした

 

本気で夢を追っていたというより

部活に明け暮れる高校生活を送っていて

毎日バスケットボールに夢中でした

 

 

高校生になると実家を離れ

寮生活が始まりました

 

そんなある日

久しぶりに母と電話をしていたとき

母から突然、こんな言葉を告げられました

 

「もう、余命が3ヶ月もない」

 

その瞬間

頭の中が真っ白になりました

 

 

 

母が乳がんに罹患したのは、私が5歳の頃

 

ウィッグを被っていたこと

松葉杖で卒業式に来てくれたこと

 

子どもながらに

「治療しているのかな」と

なんとなく気づいてはいました

 

でも

母が亡くなるかもしれないなんて

考えたことはありませんでした

 

「なんで私は今ここにいるんだろう」

「どうして母の側にいられなかったんだろう」

 

闘病していることに気づいていながら

見て見ぬふりをして

自分の道を進んでいた自分を

責めるようになっていきました

 

 

 

 

それからは、

少しでも母の側にいられるように

休日は実家に帰り

家の手伝いをしながら過ごしました

 

でも、当時の私はまだ思春期

母の死を受け入れるには

心はあまりにも未熟でした

 

頭では分かっているつもりでも

心の中では

 

「死んでほしくない」

「大丈夫、生きる」

 

そう言い聞かせて

現実から目を逸らしていました

 

 

 

そして、その日は突然やってきました

 

余命を告げられてから、3ヶ月後のある日

学校に、父から電話がかかってきました。

 

「病状が急変している。

 今すぐ実家に帰って、病院に来なさい」

 

それでも私は

状況をすぐには理解できませんでした

 

前の日まで

「じゃあまた明日ね」と

普通に電話で話していたから

 

考えないようにして

病院へ向かいました

 

 

そこにいた母は

もう、いつもの母ではありませんでした

 

肝臓へのがんの転移と

肝性脳症によるせん妄状態

 

意識がはっきりせず

現実とは違うことを話したり

いつもの母とは違う様子でした

 

その姿を見て

言葉が出なくなりました

 

「母が、母じゃなくなってしまった」

 

ただ、苦しく悲しかった

 

そして

もうお別れが近いことも

分かってしまいました

 

 

 

私は現実を受け入れられず

別室でただ泣いていました

 

「ありがとう」と言わなきゃ

でも、言ったら本当に

母がいなくなってしまう気がして

 

心の置き所が分からなくなって

その日は一度家に帰りました

 

「明日、落ち着いてから伝えよう」

 

そう思って

 

 

 

 

 

でも、その“明日”は来ませんでした

 

 

 

 

 

数時間後、父から電話がありました

 

「今度こそ最期だ。今すぐ病院に来なさい」

 

 

従姉妹の車で病院へ向かいながら、

「大丈夫、大丈夫」と

何度も自分に言い聞かせていました

 

病院に着いて

病室へ駆け込むと

そこはもう、最期の瞬間でした

 

 

 

「早く、お母さんのところに行きなさい」

 

 

そう言われ

母の手を握り言葉を振り絞って

「お母さん」と呼びかけました

 

 

母は一呼吸してくれました

 

 

 

それが、母の最期でした

 

 

 

「ひかるを待ってたんだよ」

「お母さん、頑張ったよ」

 

周りの人たちの言葉に、

私は泣き崩れました

 

 

 

あんなに大切にしていくれていた母に

最後まで待ってくれた母に

 

ありがとうを伝えられなかった

 

その後悔だけが、

心に強く残りました

 

 

そして、母のお葬式の日

 

忘れられない光景がありました

 

母が助産師として関わった

子どもたちと、そのお母さんたちが

たくさん来てくれたのです

 

「あの時、担当してもらいました」

「本当に助けてもらいました」

 

涙ながらに話してくれる姿を見て

私は思いました

 

「お母さん、

 本当に素敵な仕事をしていたんだな」

 

そう思うと同時に

胸が、ぎゅっとしました

 

ありがとうを言えなかった自分が

そこにいたから

 

その後、父から聞いた事実

 

母は5歳の時に乳がんになり

余命は10年と宣告されていた

 

でも、私や兄には内緒にしていた

 

自分の事で、子供達の道を

変えたくなかったから

 

 

昔から母は私にこう伝えてくれました

 

″自分が信じた道を進みなさい″

 

 

 

その言葉を思い出し、その時に私は

助産師になることを決めました

 

 

母の代わりになるためでも

同じ道をなぞるためでもありません

 

 

あのとき言えなかった

「ありがとう」の気持ちを

母の思いを胸に刻み

自分の人生の中で生きていきたい

 

 

 

それが

私にとっての助産師という仕事でした

 

 

 

助産師がどんな仕事なのかも

自分に向いているのかも

学力が足りるのかも分からない

 

 

直感と感覚で動いて

後から意味が分かるタイプの私

でも、信じて進んでみたかった

 

それでも「なる」と決めたあの頃の私は

今思うと、とても私らしいなと思います

 

 

 

そこからの助産師になるまでの道のりは、

決して楽ではありませんでした

 

 

それでも、助産師として働いてみて

この仕事は私にとって天職だと

心から思えました😌

 

あのとき決断した自分に

心から「ありがとう」と言いたい

 

そして今は

自分自身を肯定できるようになりました🤝

 

 

助産師になった理由は

過去の出来事だけではなく

今の私の在り方にもつながっています✨

 

 

命と向き合うこと

自分自身を信じる事

自分の道を進む

 

その原点は

あのときの選択にあるのだと、

今は感じています🌿

 

どんな出来事にも必ず意味がある

そう思せてくれた人生での大きな転機でした

 

 

 

また、少しずつこの続きを書いていけたらと思います✍️