金正恩か金与正、訪中? 北朝鮮の「ミャンマー化」を恐れる中国 | にゃんころりんのらくがき

にゃんころりんのらくがき

ネコ頭の ネコ頭による ネコ頭のための メモランダム

 

金正恩か金与正、訪中?

北朝鮮の「ミャンマー化」を恐れる中国

 

鈴置 高史

鈴置 高史

 

 

バックナンバー

2018年3月27日(火)

 

 

     

      北朝鮮の要人が訪中か。北京は厳戒態勢(写真:AFP/アフロ)

 

前回から読む)

 

 3月26日、金正恩(キム・ジョンウン)委員長か、その妹の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党第1副部長が訪中した模様だ。

■お召列車に乗れるのは一家だけ          

鈴置:北朝鮮の特別列車が同日午後、中国遼寧省・丹東を経由し、北京に到着しました。人民大会堂周辺は「元首級を迎える」特別な警戒態勢が敷かれました(日経・電子版「北朝鮮要人が訪中か」参照)

 

 3月27日午前までに中国、北朝鮮のいずれの政府もこうした動きについて何の説明もしていません。しかしこの特別列車は北朝鮮の歴代の最高指導者が訪中あるいは訪露する際に使うものです。「お召列車」なのです。乗っているのは金正恩委員長か金与正・第1副部長の可能性が極めて大きい。

 

 金与正氏は平昌(ピョンチャン)冬季五輪の参観を名目に訪韓しています(「北より先に韓国に『鼻血作戦』を発動する米国」参照)。兄、金正恩委員長からの信頼は相当に篤いと思われます。

 

■蚊帳の外の中国                    

ーー兄か妹か分からないにせよ、金ファミリーの訪中の目的は何でしょう?

 

鈴置:4月末に予定される南北首脳会談と、5月末に開催とされる米朝首脳会談を控え、中国に意図を説明するためでしょう。

 

 中国は北朝鮮が一気に米国側に寝返るのではないか、と恐れています。「ミャンマー化」です。中国共産党の英文対外宣伝紙「Global Times」が米朝首脳会談に露骨な警戒感を表明していました。

 

 3月18日の「Nothing should come between China and North Korea」です。

 

 この記事は冒頭で「北朝鮮の核問題を巡り韓国と米国、日本のメディアが国際世論の流れを作るようになった」と主張。

 

 さらに「中朝両国にとって重要なのは、核問題に関して意見の違いはあっても良好な関係を維持することであり、韓米日のメディアの影響力を断ち切ることである」と訴えました。

  • The North Korean nuclear crisis has placed Pyongyang under the spotlight of global public opinion, which is basically dominated by information from South Korean, Japanese and Western media.
  • For China and North Korea, the major tests are how to keep the right balance between their divergences over the nuclear issue, how to maintain friendly ties between Beijing and Pyongyang and how to avoid the influence of South Korean, Japanese or Western media.

 要は「南北」「米朝」の両首脳会談の開催が決まるなど、朝鮮半島が激変し始めた。しかるに中国は完全に蚊帳の外にいる。中国にとってこれはまずい、との主張です。

 

 ただ「我が国は外交的にのけ者にされている」と露骨に書けば、中国共産党批判になってしまう。そこで「中国以外の国のメディアの影響力が増した」とオブラートに包んだと思われます。

 

■クリントンを招待した金正日              

ーー「中朝の結束」が大事、という主張ですね。

 

鈴置:最後の部分で再びそれを強調しました。ただ、それだけでは説得力が薄いと考えたのでしょう。北朝鮮に対し「中国なしで韓米日に対抗できないぞ」と脅しました。

  • For North Korea, it would be difficult and dangerous to cope with Seoul, Washington and Tokyo all alone. China's support can defuse many risks.

 北朝鮮の対話攻勢に関し、日本や米国では核武装を完成するための時間稼ぎ、といった見方が多い。さらに韓国の保守は「時間稼ぎを幇助する韓国は米国から目の敵にされる」と危機感を増しています(「『文在寅の仲人口』を危ぶむ韓国の保守」参照)。

 

 しかし中国では「米朝首脳会談を期に北朝鮮が一気に米国側に鞍替えする」との警戒感が高まっているのです。

 

 2000年10月、当時の指導者、金正日(キム・ジョンイル)総書記がクリントン(Bill Clinton)米大統領を平壌(ピョンヤン)に招待したことがありました(日経・電子版「北朝鮮と米国の対話、20年前の既視感」参照)。

 

 1994年、米朝は核問題で対立し戦争の瀬戸際まで行きました。が、1999年9月にミサイル発射の中断と引き換えに対北制裁を解除するという妥協が成立。その後は米国が食糧援助に乗り出す一方、北朝鮮は米国の大統領を招待するに至ったのです。

 

■米朝蜜月を日中で阻止                

ーークリントン大統領は訪朝しませんでした。

 

鈴置:さすがに米国内で、大統領の北朝鮮訪問には反対の声があがったからです。クリントン政権はオルブライト(Madeleine Albright)国務長官を訪朝させるに留めました。

 

 この時の中国の態度が面白いものでした。現在と同様に、公式には米朝対話を大歓迎しました。でも、日本の朝鮮半島専門家に対し「米朝が手を握ることは中国と日本にとって望ましいことではない。中・日が協力して阻止すべきではないか」と持ちかけてきたのです。

 

 中国にとって米国の影響力が韓国だけではなく、朝鮮半島全体に及ぶのは何としても避けたかったのです。親米国家が中国と国境を接することになりますからね。

 

 中国は外交巧者と言われます。しかし、周辺の小国に対してはしばしば見くびって失敗します。完全に手なずけていたはずのミャンマーにも逃げられ、米国側に走られました。

 

 2010年11月、ミャンマー政府が民主化運動の指導者、アウンサン・スーチー(Aung San Suu Kyi)氏の軟禁を解いたのがきっかけでした。

 

 もちろん、米国と水面下で交渉した結果でした。これを期にミャンマーは米国や日本との関係を正常化したうえ、外国からの投資も本格化しました。

 

 中国は国境を接するミャンマーを「失った」のです。このころ、米国の次のターゲットは北朝鮮だ、との見方も浮かびました(「次は北朝鮮に触手? 米国、中国包囲網づくりへ全力」参照)

 

 米中が勢力圏を巡り争い始めた、との認識が定着したからでもあります。中国指導部としては「ミャンマーの悪夢」を繰り返すわけにはいかないのです。