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日本が開発した「世界最小ロケット」、打ち上げ成功!

 そこに秘められた大きな可能性

 ビジネス

JAXAが開発した世界最小の衛星打ち上げロケット「SS-520」5号機の打ち上げ Image Credit: JAXA

 

 

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2018年2月3日、鹿児島県肝付町の内之浦宇宙空間観測所から、「SS-520」ロケットの5号機を打ち上げた。ロケットは順調に飛行し、搭載していた超小型衛星を軌道に投入することに成功。昨年1月には同型機の初打ち上げに失敗していたが、その雪辱を果たした。

 

 SS-520 5号機は、人工衛星を打ち上げられるロケットとしては世界で最も小さい。しかし、JAXAがこのロケットを開発した理由は、もちろん世界最小ロケットという記録を作るためではない。そこには宇宙ビジネスという新たな産業を日本に根付かせ、そして世界から遅れを取らないようにするという、大きな意義と可能性がある。

SS-520 5号機とは?                   

 SS-520は、JAXAが開発した「観測ロケット」――主に地球の上空の大気や、宇宙空間を観測することを目的としたロケットで、これまでに多くの実績をもつ。

 

 観測ロケットは、地球を回る軌道に衛星を打ち上げることは目的としておらず、そもそもそのように造られていない。衛星を打ち上げるためには膨大なエネルギーが必要になるため、同じロケットという名前でも、大きく異なる技術が必要になる。

 

 しかしSS-520は、観測ロケットとしてかなり性能が高いことから、以前より「小さなロケットを追加すれば、超小型の衛星なら、ぎりぎり打ち上げることができるのでは」と考えられてきた。古今東西、これ以上小さなロケットで衛星を打ち上げた例はなく、実現すれば「世界最小の衛星打ち上げロケット」になる。実用性がないこともあって長らく机上の空論だったが、SS-520の4号機で、それが実行に移されることになった。

 

 改造が施されたSS-520の4号機は、2017年1月15日に打ち上げられた。しかし、飛行中にロケットから届くはずの通信が途絶。安全が確認できなくなったことから、それ以上の飛行を行わないことが決断された。ロケットは第2段ロケットへの点火を中止し、そのまま太平洋上へ落下、失敗に終わった。

 

 その後の調査で、データを送る装置などにつながる電源のケーブルが、飛行時の振動で機体とこすれて損傷し、短絡・地絡(ショート)した可能性が高いと結論づけられた。SS-520で衛星を打ち上げるというのは、計算上は可能だとはいえ、実際にはかなり難しい挑戦であり、徹底した軽量化が求められた。その結果、飛行に耐えられないほど弱い部分ができてしまったのである。

 

 この失敗後、JAXAは早い段階から再挑戦することを表明。問題点を改修した上で、新たに5号機が製造された。

 

 そして2月3日14時03分00秒(日本時間)、SS-520 5号機は鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所から発射。今回は計画どおり飛行し、打ち上げから約7分30秒に搭載していた超小型衛星「TRICOM-1R」を分離、軌道への投入に成功。その後、衛星は「たすき」と命名された。

          

 1年前の雪辱を果たしたばかりか、「世界最小のロケット」の称号も手に入れることになった。

 

         

  白煙を残しながら飛んでいくSS-520 5号機 Image Credit: JAXA

 

SS-520で超小型衛星を打ち上げた目的       

 ところで、そもそもなぜJAXAは、SS-520を使って衛星打ち上げに挑戦したのだろうか。

 

 その背景には、近年、電子部品の低コスト化、小型化などにより、数百kgから数kgくらいの、小型・超小型衛星の需要が増加していることがある。かつて日本はこの分野でパイオニア的な位置にあったものの、技術が普遍的なものになるにつれ、海外から勢いで気圧されつつある。

 

 また、こうした小型・超小型衛星を打ち上げることに特化した超小型ロケットは、まだ世界中で開発が進んでいる段階で、日本の企業がシェアを取れる余地が十分にある(参考:『米ベンチャーの超小型ロケットが打ち上げに成功。宇宙ビジネスがさらに加速へ!』)。

 

 そこで経済産業省が旗振り役となり、民生部品・民生技術を活用し、新しいロケットや衛星を開発する実証実験が行われることになった。この計画は「宇宙産業技術情報基盤整備研究開発事業(民生品を活用した宇宙機器の軌道上実証)」と呼ばれ、民生品を使うことで、従来より低コストかつ、短い納期でロケットや衛星が造れるのではとの狙いがあった。

 

 そして、その委託を受けたJAXAが、SS-520を改造して衛星を打ち上げることになった。民生品を活用という目的どおり、たとえば電子機器には携帯電話などに使われている部品が利用されている。

          

打ち上げを待つSS-520 5号機 Image Credit: JAXA

 

 

 また、打ち上げられた超小型衛星「たすき」も、同じく経産省の同事業の委託を受けて、東京大学が開発したものである。ちなみに東京大学は超小型衛星の開発で世界のパイオニアかつ、トップレベルの技術をもち、そこから派生したベンチャーも生まれている。

 

「たすき」はわずか3kg、手のひらで持てるほどのとても小さな衛星である。それでも、地球を撮影できるカメラを装備している他、地上から送られてくるデータを収集し、一旦衛星の中に貯め、衛星が地上の管制局の上空に差し掛かった際にそのデータを送信する「ストア&フォワード」と呼ばれる中継衛星としての役割ももっている。

 

 ロケット同様、衛星にも民生品が活用され、高い性能を維持したまま、低コスト化、短納期化が図られている。

 

 ちなみに「たすき」とは、ストア&フォワード技術が、駅伝のたすきリレーのようにデータをつなぐように見えること、またさまざまな機関が、駅伝のように一丸となって宇宙を目指すところから名づけられたという。

  

SS-520 5号機で打ち上げられた「たすき」とほぼ同型の「TRICOM-1」(筆者撮影)

 

日本の超小型ロケットと超小型衛星ビジネスの未来

 今回の打ち上げはあくまで実証実験であることから、SS-520がそのまま、今後も小型・超小型衛星を打ち上げるロケットとして使われ続けるわけではない。また、前述の開発経緯もあり、SS-520は衛星を打ち上げられるロケットとしてはギリギリの性能しかないため、実用に向かないという理由もある。

 

 ただ、使われた技術や装置などを、他のロケットに応用する形で活かすことは考えられている。

 

 たとえば、民生品を活用した電子機器を提供したキヤノン電子は、昨年8月にIHIエアロスペースや清水建設、日本政策投資銀行と共に、超小型ロケットの開発、運用を手がける「新世代小型ロケット開発企画」という会社を立ち上げている。公式な発表はないが、今回のSS-520の衛星打ち上げ実験を通じて、同社で開発するロケットのための実証を行ったものと考えられる。

 

 いっぽうの「たすき」は、そのまま実用衛星としても使うことができる。とくにストア&フォワードについては、日本ほど通信網が発達していない国で、海上や山の中にある観測装置からの情報を集める際に役立つことから海外でのニーズが高く、すでに引き合いもきているという。

 

 SS-520 4号機、5号機という世界最小のロケットによって培われた技術やノウハウは、いまだ拡大を続ける宇宙ビジネスという、いわば無限大の可能性に結びつこうとしている。

 

 たとえば超小型ロケットに関しては、すでに日本では、インターステラテクノロジズや前述した新世代小型ロケット開発企画など、いくつかの会社が設立されている。しかし、他国では同じくらい、あるいはそれ以上のスピードで開発が進んでおり、すでに衛星の打ち上げに成功した企業もある。日本の置かれている環境、状況は十分ではない。

 

 今後、さらなる発展のためには、国がこれからも積極的に、資金提供や、今回のような実証実験の機会の提供などの支援を行っていく必要があろう。もちろん、民間と適切に住み分けし、なおかつ民間のもつ低コストな技術とスピード感という長所をいかした上で、である。

 

 道のりは険しいが、日本の超小型ロケットと衛星がビジネスとして定着し、世界的にも成功できる可能性は、まだ十分にある

    

          

超小型ロケットを開発しているインターステラテクノロジズ Image Credit: インターステラテクノロジズ

   
<取材・文/鳥嶋真也>
とりしま・しんや●宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。近著に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)。
Webサイト: http://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info(https://twitter.com/Kosmograd_Info

 

【参考】
・JAXA | SS-520 5号機による超小型衛星打上げの実証実験の結果について(http://www.jaxa.jp/press/2018/02/20180203_ss-520-5_j.html
・JAXA | SS-520 5号機による超小型衛星打上げ実証実験について(http://www.jaxa.jp/press/2017/11/20171113_ss-520-5_j.html
・参考4 SS-520 5号機のミッション概要(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/060/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2017/10/12/1396928_13.pdf
・平成27年度宇宙産業技術情報基盤整備研究開発事業(民生品を活用した宇宙機器の軌道上実証)に係る委託先の公募について(METI/経済産業省)(http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9204476/www.meti.go.jp/information/publicoffer/kobo/k150217004.html
・『新世代小型ロケット開発企画株式会社』の設立について(https://www.canon-elec.co.jp/news-backnmbr/detail/20170809_pressrelease.pdf