私たちが目指すべき共同体とはどういうものをいうのか?第二次世界大戦の戦中、皆がひとつに協力することで、戦時を生き抜こうとした。貧しくもあった中で、力を合わせてなすことが当たり前で、そこには今のような金融リテラシーや難解な金融論、実体経済からかけ離れた経済論などを持ち出すまでもなく、共同体としての理想があった。ただし、人身殺戮を進めるというあまりにも悲惨な現実を進めざるを得ない戦時という前提があり、誰しも避けることができない悲哀を皆で抱きしめあった。

 

知覧の桜。あれは、宮沢賢治の児童文学のよだかの星を思わせる儚くも尊い生命の末路でもあり、誰しも本土に残した父母、兄弟、姉妹、幼子などへの愛情の発露であって、片道の燃料しか積んでいない学徒は、国を想う以上に家族を想い、時代の犠牲者として、ただひたすらの愛のしるしを残すことだけが彼ら学徒の使命ではなかったか?国のために散る前に、家族への愛の軌跡をただ白紙のキャンバスに記したかっただけであろう。だから、私たちは今の世で、何ら愛のカタチがいびつであることから、多くの貧困問題を背景とした少年少女、青年期を過ぎ壮年期で路傍の石となったホームレスや犯罪者予備軍を救い出さなければならない。

 

他者の不幸は、自らの悲哀であるべきだ。他者の涙は、自らの嗚咽であるべきだ。他者の苦難は、自らの痛みであるべきだ。私たちは、あまりにも愛するということを何処かに置き忘れたのではなかろうか?開かれすぎた性文化。誰かの犠牲によって成り立つ社会は、最早文化文明ではない。誰かの権力者による一方通行の公権力は、それは瓦解すべき対象であるべきだ。

 

私は今まで、上昇志向の強い野心家であった。何とか20代半ばで清風高校定時制に編入学し、立命館大学で経営戦略を専攻し、英国MBAを目指すことが最重要課題であった。日本文化の権威を必要としたことから、高野山大学大学院にまで歩を進めた。

 

しかしながら、今の私は違う。常に社会的弱者にいちばん近い立場にいたいと強く望んでいる。また、他者を救うための絶対的な良心を根拠とした権威が私には必要だとの思いから、50代半ばであるものの同志社か関西学院の神学部、神学研究科を経て、牧師という生き方を選び、保護司という少年少女のもうひとりの義理の家族として、また、多くの社会的弱者が抱える諸問題の背景が貧困問題であることから、私のつたない文章力を見て、読売テレビの事務方から作家、執筆家として生計を立ててはとの提案を真正面から受けようと想う。貧困問題を抱える彼らを救えるだけの経済力を私の執筆活動で確かなものとしたい。

 

私は、進んでそういう生き方を選びたい。他者の悲哀は、私の慟哭である。他者の傷跡は、私の哀しみであり、とどまることのない怒りである。誰も哀しませない。誰も傷つけはしない。誰も苦しめはさせない。私は、そういうことを恥ずかしくもなくいえる人をひとつひとつ増やしていきたい。完璧ではなく、欠けたる私であるから神の権威のもとに多くの良心を根拠にした生き方を目指す人が溢れかえる日常を多くの人の希望としたい。私たちは、生まれながら神性を持つ。自ら悪を行えば、私たちはすぐ果ててしまう存在なのである。

 

私は、牧師を目指しているのに祈り方を未だ知らない。私は、神を必要としているのに交わり方を知らない。幾ら知識があろうと私には知恵がない。この劣等生の立場から私は多くの社会的弱者を救いたい。牧師として、保護司として、作家として。多くの社会的弱者を救うためには、私の想いが祈りとなり、もうひとりの義理の家族となり、執筆した作品が果て無き希望へ多くの人たちを誘う。

 

人を救うことで救われる逆説的実存の働きの中で初めて私たちは、神性を生まれ持つ人といえるのだ。神はそういう人を求めている。私たちは、悪を憎み、善を行い、愛をひたすら与える存在であるべきだ。私は、あなたを愛している。誰よりも私は、あなたを愛している。笑われても私はあなたを愛したい。そうして、いつかあなた自身が笑って欲しい。私は、何度でもいう。あなたを愛していると。