別れって寂しい。

一生の別れじゃないのに。

またいつか絶対会えるのに。


でも、毎日のように会ってた日々はもうない。

当たり前の日々はもうこない。

だから寂しいのかな。


一つの目標に向かってみんなで頑張ってた。

誰一人欠けることなく。

最後までみんなでやり遂げた。

この充実感は私たちにしかわからない。


『最高のメンバー』

だと胸を張って言える。

他の9人も同じことを絶対言うだろう。


出会いの数だけ別れがある


初めてこの歌詞を聴いたとき、ショックを受けた。

だったら出逢いたくない。

別れはツライから。

誰とも出逢わず、今出逢ってる人とだけ付き合っていきたい、と。


でも、それは不可能だし間違っていた。

人は出逢いと別れを繰り返して成長していく。

いろんな人と出逢わなければ何も吸収できない。


そんなことに今さら気付くなんてね。


私は人付き合いが苦手。

でも、そんな自分の殻を少しずつやぶってたくさんの人と話すようにしている。


まぁ、あまり関係の深くなくて連絡とらない人のアドレスはじゃんじゃん消しちゃうけど・・



中学から大学まで部活をやってきて、素敵な仲間たちに出逢えた。

一生の宝物。

連絡をとらなくてもずっと繋がっていられると思える。


そして、最後の部活仲間とも『卒業』という別れをしなければならない。
進路はバラバラ。

別れてしまうけど、出逢えて良かったと心の底から思える。


これからもそんな素敵な出逢いをしていきたい。

たとえ別れが待っていたとしても。



本当にありがと。


次に会った時、みんなに言おう。

友達に「わかばは優しいってより、気遣いだよね」って言われた。

あ~って思う反面、気遣った結果、優しさになるんじゃないの?って思います。


そして更に、「気ぃ使いすぎだよね」って言われました。自覚しています。

高校の友達にも何年か前に言われたからさ。

正直自覚しちゃってから、気を遣ってる自分に疲れるけど、色々見えちゃうんだもん。

こーした方があーした方がきっとあの人に良いんじゃないかって。


思いやり 優しさ 気遣い 気を遣う


って全部、言葉の意味が違う気がしません?

右に行くほど大きいというか、大袈裟。あたしの場合、「気を遣う」に当てはまる気が・・

でも、どれも相手を想ってるからこそ生まれるものだよね。 

ただそれがちょうど良いのか行き過ぎなのか。


でも感じ方は人それぞれ。

おせっかいと思う人もいれば、ありがとうと思う人もいる。


あたしはありがとうと思える人でありたいな。


そして、気を遣ってると自覚した時点で、それは優しさではない気がする。

ただ純粋に相手を想って行動する、そんな簡単なことがちょっと意識してしまうとウソ物になってしまう。

もっと自分が感じたこと、思ったことを受け入れて、素直に行動にうつしていこう。

それが「自分」なんだからね。

実は自分、ネガティブなんじゃないか。
それを無意識に感じてるのかも。それがイヤで自分に自信がないのか?