第二次世界大戦は終わったが、物資不足の時代は、いつ終わるともなく
続いていた。
国民学校ニ年生の女の子は、草鞋を履いて村の子供たちの後にくっ付いて、
山を下って学校に通っていた。
当時、戦局が激しくなり、学童疎開が推し進められた時代で、大都会は、
学校単位で郡部に疎開していたようだが、小都市の学校は家族単位の行動
をとる事がよいとされて、各自子供をつれて避難して行った。
女の子の家族も食料事情を考えて、伯母(父の長姉)と兄と三人で父親の
郷里へ家族疎開することになった。
母親と五歳の妹は、母親の仕事の都合で一緒に行動することが
出来なかった。
昭和20年8月15日 晴れ
早朝より起こされて、眠い目をこすりコスリ出発の準備をし、伯母に手を
引かれて家を出た。
列車の乗り替えは、階段を上ったり下ったりするため、子供ずれには大変だ
と避けて、県庁所在地にある始発駅まで電車を利用する事になり、海岸通り
の電停へ急いだ。
電車の終点は、汽車の始発駅のすぐ側だった。
木造の大きな駅舎前の広場で、大勢の人々がザワザワと行き来し、
なにか興奮めいて話し合っていた。
「なにがあるのだろう?・・何時の汽車に乗ることが出来るか、駅員さんに
聞い て来るから二人で待っていなさい」
と、伯母は足早に駅舎の中へ消えて行った。
「おれ、小便に行ってくる、ここで待っとけよ」
「にいちゃん、はよ帰ってきてね・・はよ帰ってきてね」
駅前広場には、大きな蘇鉄が石積みされたサークルの上にそびえていた。
一人ぼっちになつた女の子は、その石垣により掛かり心細くて今にも泣き
出しそうだった。
「誰と一緒にきたの?」と心配そうに声を掛ける人あり、
不思議そうに、女の子を見ながら通り過ぎる人あり。
「待ちくたびれたね、切符も買って来たから遅くなってしまったよ、
ゴメンネ。 兄ちゃんはどこに行ったの?」
「おしっこに行ったの」
女の子は伯母の顔を見て、嬉しそうに勢い良く返事をした。
人の動きが止まり、あちこちに人の固まりが出来て来た。
真夏の太陽は、容赦なく降り注ぎ、人々は扇子をかざし、手をかざし、
何かを待っていた。
「天皇陛下のお言葉があるらしい!」
「何だろう?」
「どなたかに何かあったのだろうか?」
「戦局のことなのか?」
「何があったのか、想像もつかない?」
と、口々に語る人・人・人・・・
駅舎中央の屋根の三角庇下に取り付けられている四角い木箱から御声が
流れてきた。
一瞬の静寂・・肩を落とす人、嗚咽する人、走り出す人、涙ぐむ人、
座り込む人、怒り出す人・・何があつたのか。
「戦争が終わったのよ」と、静かな沈んだ伯母の声。
戦争が終わったらどうなるのか? 女の子にはその意味が理解できなかった。
「父ちゃんが帰って来るんだぁー」 両手を上げて兄は走り回った。
(父ちゃんが帰って来る? バナナのおみやげ?)
女の子は急に嬉しくなってきた。
国民学校二年生の女の子は、幼稚園に通っている時、母が父に送る慰問袋のなかに、自分で書いた手紙を入れて貰ったのです。
《お土産は、バナナとランドセルを買ってきて!》
女の子は、いつも伯母に、
「おりこうさんにしていたら、父ちゃんが帰って来る時は、お土産を沢山
持っ て 帰って来るよ」
と、聞かされていたのです。 そして信じていたのです。
汽車は、目的地の田舎町まで七つのトンネルをくぐって、やっと小さな駅に
着いた。
駅には、人の気配が感じられず、柱や白い壁に無数の穴があり、線路は
太陽の光に反射して、2本の眩い光線が次の駅へのトンネルの中へ吸い
込まれていた。
昨日、同じ時刻の列車が米軍機の機銃掃射を受けていた。
連なった黒い車輌が、緑のトンネルを抜けては走り、抜けては走り、小さな
駅に辿り着き 《乗客が、やっと着いた》 と、ホッと一息入れて腰を上げ、
列車から降りたとたんに空から狙い撃ちが始まり、死傷者が出て、辺りの無
数の傷跡は、弾痕の跡だった。
青い空の中を一機の飛行機が旋回していて、人々は迷い鳥でなく?
迷い飛行機は、一体なにをしているのかと訝っていたが・・・・まさか!・
・・・と、口々に言った。
《山間(やまあい)の町の人々は、思いも依らない攻撃に想像を超えた驚き
であったに違いない》
本来ならば、その攻撃を受けた汽車に乗るはずだった。
14日に何故か分からないが急用が出来て、その汽車に乗れず翌日の同じ
時刻の列車に乗車し、田舎の生活が始まった。
その生活は父親が復員して来るまで約20ヶ月続いた。
戦地に行った父親の郷里で《疎開っ子》と、苛められることはなかった。
続いていた。
国民学校ニ年生の女の子は、草鞋を履いて村の子供たちの後にくっ付いて、
山を下って学校に通っていた。
当時、戦局が激しくなり、学童疎開が推し進められた時代で、大都会は、
学校単位で郡部に疎開していたようだが、小都市の学校は家族単位の行動
をとる事がよいとされて、各自子供をつれて避難して行った。
女の子の家族も食料事情を考えて、伯母(父の長姉)と兄と三人で父親の
郷里へ家族疎開することになった。
母親と五歳の妹は、母親の仕事の都合で一緒に行動することが
出来なかった。
昭和20年8月15日 晴れ
早朝より起こされて、眠い目をこすりコスリ出発の準備をし、伯母に手を
引かれて家を出た。
列車の乗り替えは、階段を上ったり下ったりするため、子供ずれには大変だ
と避けて、県庁所在地にある始発駅まで電車を利用する事になり、海岸通り
の電停へ急いだ。
電車の終点は、汽車の始発駅のすぐ側だった。
木造の大きな駅舎前の広場で、大勢の人々がザワザワと行き来し、
なにか興奮めいて話し合っていた。
「なにがあるのだろう?・・何時の汽車に乗ることが出来るか、駅員さんに
聞い て来るから二人で待っていなさい」
と、伯母は足早に駅舎の中へ消えて行った。
「おれ、小便に行ってくる、ここで待っとけよ」
「にいちゃん、はよ帰ってきてね・・はよ帰ってきてね」
駅前広場には、大きな蘇鉄が石積みされたサークルの上にそびえていた。
一人ぼっちになつた女の子は、その石垣により掛かり心細くて今にも泣き
出しそうだった。
「誰と一緒にきたの?」と心配そうに声を掛ける人あり、
不思議そうに、女の子を見ながら通り過ぎる人あり。
「待ちくたびれたね、切符も買って来たから遅くなってしまったよ、
ゴメンネ。 兄ちゃんはどこに行ったの?」
「おしっこに行ったの」
女の子は伯母の顔を見て、嬉しそうに勢い良く返事をした。
人の動きが止まり、あちこちに人の固まりが出来て来た。
真夏の太陽は、容赦なく降り注ぎ、人々は扇子をかざし、手をかざし、
何かを待っていた。
「天皇陛下のお言葉があるらしい!」
「何だろう?」
「どなたかに何かあったのだろうか?」
「戦局のことなのか?」
「何があったのか、想像もつかない?」
と、口々に語る人・人・人・・・
駅舎中央の屋根の三角庇下に取り付けられている四角い木箱から御声が
流れてきた。
一瞬の静寂・・肩を落とす人、嗚咽する人、走り出す人、涙ぐむ人、
座り込む人、怒り出す人・・何があつたのか。
「戦争が終わったのよ」と、静かな沈んだ伯母の声。
戦争が終わったらどうなるのか? 女の子にはその意味が理解できなかった。
「父ちゃんが帰って来るんだぁー」 両手を上げて兄は走り回った。
(父ちゃんが帰って来る? バナナのおみやげ?)
女の子は急に嬉しくなってきた。
国民学校二年生の女の子は、幼稚園に通っている時、母が父に送る慰問袋のなかに、自分で書いた手紙を入れて貰ったのです。
《お土産は、バナナとランドセルを買ってきて!》
女の子は、いつも伯母に、
「おりこうさんにしていたら、父ちゃんが帰って来る時は、お土産を沢山
持っ て 帰って来るよ」
と、聞かされていたのです。 そして信じていたのです。
汽車は、目的地の田舎町まで七つのトンネルをくぐって、やっと小さな駅に
着いた。
駅には、人の気配が感じられず、柱や白い壁に無数の穴があり、線路は
太陽の光に反射して、2本の眩い光線が次の駅へのトンネルの中へ吸い
込まれていた。
昨日、同じ時刻の列車が米軍機の機銃掃射を受けていた。
連なった黒い車輌が、緑のトンネルを抜けては走り、抜けては走り、小さな
駅に辿り着き 《乗客が、やっと着いた》 と、ホッと一息入れて腰を上げ、
列車から降りたとたんに空から狙い撃ちが始まり、死傷者が出て、辺りの無
数の傷跡は、弾痕の跡だった。
青い空の中を一機の飛行機が旋回していて、人々は迷い鳥でなく?
迷い飛行機は、一体なにをしているのかと訝っていたが・・・・まさか!・
・・・と、口々に言った。
《山間(やまあい)の町の人々は、思いも依らない攻撃に想像を超えた驚き
であったに違いない》
本来ならば、その攻撃を受けた汽車に乗るはずだった。
14日に何故か分からないが急用が出来て、その汽車に乗れず翌日の同じ
時刻の列車に乗車し、田舎の生活が始まった。
その生活は父親が復員して来るまで約20ヶ月続いた。
戦地に行った父親の郷里で《疎開っ子》と、苛められることはなかった。