自由を感じる瞬間

 

 

 

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自由を感じる…ねぇ真顔

義父母が1週間とか旅行に行ってくれたり、夫が出勤日だったり、子供たちも元気に学校へ登校し、

 

家に一人でいられる。それも、確実に子供たちの

「行ってらっしゃい」から「お帰り」まで、義父母・夫不在の時。

 

そんな幸せ、同居してから味わったことないニヤニヤニヤニヤニヤニヤむかっ

義父母が出かけても、いつ帰ってくるかそわそわしするから、全然自由じゃないよ、うん。

 

 

でも、昨日、思い切ってヒトカラデビュー(死語かどうかもわからん)しました~アップアップアップ

 

20年位前になけなしのバイト代でやっすーいソプラノサックス買った過去がありニヤリ

それ引っぱりだして、雨戸閉め切ってたまに吹いてたけど、階下の義父母の存在を気にしながらだと、何となくすっきりしない…

 

なので、楽器OKのカラオケ屋へ、一人で!デレデレ




自由な空間、個室感、へたくそなチャルメラ音ぶん鳴らしても、義父母に聞かれない…グッド!キメてる

まぁ、個室に入ってから電気をつけ、曲をかけるまで十数分、文明の進化にしどろもどろしたけど。

平日午前中は安いし、タイミング見てまたいこーっと花

(あわよくば少しお金貯めてアルトサックス買いたい…)

 

少しずつだけれど、外の世界に慣れて行かないとね…ウインク

超引きこもりおばさん、コロナ禍で引きこもりが急激に加速しましたから…ニヤニヤ

 

また何かあったら書きますDASH!

 

あっという間に新年度、新学年が開始しましたねおねがい

 

我が家は3月の修了式前に長女がのど鼻かぜ…

PCR検査も受け、陰性だったのでただの風邪だったことがわかり、

どうにか修了式は出席できた!!ガーベラ

 

と思ったら春休み入った瞬間に

時間差で次女も鼻かぜ…

長女は喉が弱く、次女は気管支が弱め…

鼻かぜから咳に移行し、

春休み中はず―――っと家で過ごし、

猫しっぽ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫あたま

新学期始まる前日にやっとサイズアウトした体操着やら、新学年のゼッケンやら足りなくなった文房具の買い出しに行けました…。

 

ギリギリセーフ真顔真顔真顔真顔

 

そんなこんなで超絶暇な春休みを乗り越えた我が家。

 そして何が辛いかって…

在宅勤務の夫の存在凝視

コロナ禍で夫が週3で在宅勤務となる生活が始まり、会社の方針でコロナ終息如何に関わらず

永遠に週3在宅勤務体制は変わらないことになり。

 

きつい…

 

昔は朝子供たちが起きる前に出社し、終電で帰宅。

 

夕飯は用意しておいたものをチンして…

 

で、また一つ

まだ生活を義父母と一緒にしていた頃の

頭にきたエピソードを想い出しました真顔

 

 

夫の夕飯の準備は妻がするという昭和の常識問題

当時は平成でしたが、

つい数年前の義母の話です真顔

 

まだ1階で食事と生活を共にしていた頃、夫の帰宅はいつも23時過ぎ。

義父母の夕食は18時半~おじいちゃんおばあちゃん

それに合わせて夕食を作り、子供たちを風呂に入れ、その後食卓につき

 

19時半になると、子供たちの歯磨きをし、2階へ行き寝かしつけあせる

 

今考えると当時極度の貧血だった私はほぼ必ず一緒に寝落ちチーン

23時頃、夫が帰宅し、玄関のドアを開けると寝室のフスマが共鳴し、

「ドゴン!」と鳴るので(これ地味に嫌)

 

起きれたときは起きる。

せっかく寝かしつけた子供たちを起こさないように起きて、1階に降りる。

 

ただ、あとはレンジで温めるだけになっている夕飯の配膳をし、片付けるだけなので、

たまに睡魔に負けてそのまま就寝することもあったネガティブ

 

もちろん夫も私が死にそうな表情で起きて降りていくと、

「え、起きてきたの?寝てれば?」

と当たり前のように言う。

 

だからそこから2~3日、子供たちと一緒に就寝することにした。

 

すると、ある日の朝

 

義母「あーあ、ばぁちゃん寝不足だわ~。ママが夜降りてこないから、

パパの夕飯の準備(何度も言うが、チンして並べるだけ)を私がしてるのよ。

ばぁちゃんたちは、朝早ーく起きるのに…ママが居りてきてくれるなら早く寝られるのになぁ。」

 

とはっきりとクレームをもらいました。

 

うーん…真顔真顔真顔

まぁ、私が悪い…のか???滝汗

その当時は妻は夫の世話をして当たり前、みたいな『昭和のお嫁さん』の幻想を抱いていたので、

 

私「すみません。今日は私が起きています。」

 

と約束し、その日の夜、また死んだ顔ネガティブで降りて行った私に、

(義母との会話は全く知らない)

夫「えっ?起きてたの?いや、俺自分であっためるし、いーよえー

どちらかというと一人にしてほしいんだろうな、って感じの反応。

 

結果、2階にキッチンが標準装備、レンジも冷蔵庫も前にアパートで暮らしていた時の普通の大きさのものがあるのに、

何も一生懸命嫌味言われながら1階で夕飯食べさせる必要ないよね昇天

 

と気づき、温めるだけの夫の夕飯は1階の夕飯が終ったあとに2階に持っていき、

帰ってきたら夫は2階で悠々自適に一人で晩酌ができる。

 

私は寝たままでいい。

義母もさすがに2階に世話しには来ない。

 

で、丸く収まった。

 

そこで、気づいたのは、

 

食事自体一緒じゃなくてよくね??

 

というごく普通の考え。

 

それからまたいろいろと私のストレスが少しずつ蓄積し、

1年後、私から家庭内別居(風呂以外別)に持ち込むのですが…

 

その後も物干し場問題、一々干渉してくる問題、義母に預けていた次女の失踪未遂問題…

度重なるストレスにより、現在はバッタリ顔を合わせないように会話もしないように

忍者のように隠れながら狭い2階で生活する日々です。

(もちろんローンは私たち世帯)

 

ミクシィやインスタ、日記アプリで逐一愚痴ってる内容、一つ一つすくい直していると、

同居嫁・婿なら一つくらいは心から共感していただけると、

信じてやまない愚痴が盛りだくさんに書き連ねられております…

 

同居ダメ、絶対。

良義父母でも同居したら無理になるよ。絶対。

嫁側が猟奇的ポジティブで、猟奇的に陽キャじゃないと。

それも産前産後なんて絶対一緒に過ごしちゃダメ。

 

自分はポジティブな方だし、一人で義実家に遊びに行くのも何ともない!

って人だったけど、全然だめだった。

 

 

ではまた、気が向いたら…

 

お世話になります。

二世帯同居住宅住まい、義父母とは家庭内別居、でも同居嫁、みずいろです。

(長い)

 

 

暑ーい日と、寒ーい日が、行ったり来たりしすぎて身体に来てる日々を過ごしてます…

満開まであと一週間くらいかなー🌸

ぼちぼち咲き始めました〜🌸

(1輪だけ咲いてました)

 




さて、同居生活が始まった頃に話は遡り…

 

まず初めの洗礼は、呼び方問題真顔

 

私自身母のことは「お母さん」としか読んだことがなく、まだ話し始めてはいなかったけれどこちらの言うことは理解していた長女(当時1歳8ヶ月)にも、旦那とも「お父さん・お母さん」呼びでやって来ました。

 

そこで何も気にせずに、同居初夜

(…地獄の始まりの初夜や…)

 

私「はい、お母さんところに持ってきて〜」

と長女に話しかけた時、

義母が動いた。

 

義母「あっ私のことかと思った‼️みずいろちゃんはお母さんって感じじゃないわ?

    紛らわしいし、ママにしたら?」

 

えっ真顔真顔真顔真顔真顔

………ごっ…くん……

(嫁ならわかるであろう、当時言い知れぬ何かを飲み込んだ音が脳内に響いた…)

 

私「…なんか慣れないですねぇ…😅」

義母「いやぁ、私の姉もママって呼ばれてるわよ?ニコニコ

   2人も『お母さん』なんて、紛らわしいわよねぇ、ね、お父さん?」

義父「あ?あぁ。」(多分聞いてなかった)

 

かくして、ママ・パパ呼びが始まり、そのまま定着して行った…

 

今なら確実にあの時「飲み込んだ何か」が何かはっきりと分かる。

2人もお母さんなんていらない。

たしかに。

 

いや、私がお母さんなんだから、あんたはおばあさんだろ真顔

 

まぁ、そのままいまだにパパ・ママ呼びです。子供が女子だからまだセーフかな?

 

それから、義父母に『ママァ~??』『ほら、ママに怒られるよ!』などと大きな声で騒ぎ立てられるたびに

チクリチクリと脳内に刺激が起こる日々が始まりました。

 

こう・・・なんか見下されてる感??

 

いや、言われる内容も見下されていた。

つわりや貧血、授乳の寝不足で眠そうにしていれば、

「私は母乳が出なくて、ミルクだったから夜中は冬は寒ーい台所まで毎回降りて行ってミルク作って飲ませてた。」

「ママは母乳だから、まだいいわよ~」

「ママは私が同居してるからまだマシよ~」

「昔は布おむつだし、おしりふきだって布だったから一日中洗濯、それも全自動じゃないのよ!大変だったわぁ。」

「昔はベビーフードなんて高くて食べさせられなかった。だから私は手作りの方が慣れてるし楽だわ。」

(別に仕事もしてなかったので、お世話をお願いしたことはありません。ただ眠たそうにしてただけで毎日言われ続けていた。。。)

 

うん、間違ってもいないし、事実だし、私にいじわるしようとしているわけでもない。

 

だから余計に厄介ニコニコむかっむかっむかっ

 

自分よりも年上の夫が赤ん坊のころの化石苦労話でマウントを取られても、

「はぁ、すごいですね」「大変でしたね」

 

と相手が黙るように意に沿う返答を感心している演技とともに返事する労力

余計だった・・・

 

義母のご機嫌を取る仕事は私の仕事ではないし、そもそも育児で一番大変な時期にする事か??

 

それから次に、同居開始による夫の家事育児乖離無関心の増長

 

 

「俺いなくてもばぁちゃんいるから、大丈夫だろ?」

というスタンスを取り続け、

 

育児で一番疲弊している時期、義母の無意識の嫌味にヨイショしながら、

余計な手を出されては感謝の言葉をのべ

義父母の時間軸と好みに合わせて、「いい嫁」としての苦行を重ねた、

長女のイヤイヤ期・次女妊娠出産・イヤイヤ期・天邪鬼期・・・

 

一番大変で、一番眠たくて、一番メンタルが死んで、一番時間が欲しい時期を

 

夫不在(なんなら義母監視のもと世話が必要)・義父母への媚びへつらいと共に過ごした。

 

なので、ほとんど記憶がない チーン

 

その一番手がかかって、一番かわいい時期…想い出そうとすると、必ず

自分の負の感情がよみがえってくる。

 

もうその思い出は一生に一度で、一生塗り替えることができない。

私の育児は義父母と勘違い夫のおかげで、いや、同居のおかげで、

余計な負の感情とトラウマとともに終了してしまうのだ。

 

もう一つ、

つわり中も産前産後も、車の免許のない義母に言われれば足として買い物にも連れて行った。

 

食料品や消耗品、買い物類は私は基本的に先に買うものを決めて、メモし、短時間で済ませさっさと帰りたい派の私真顔

つわりの頃なんて、魚の匂いや、おばさまたちの化粧品の匂いがする場所の買い物は、尚更最小限の時間で済ませたかった。

 

しかしその状態でも義母は、

「情けないわねぇ」と言い放った。

 

そして、

「そんなに臭いする??私は感じないわ?買い物はね、ゆっくり時間をかけて隅々まで見て回らないと

 お得なものを見落とすでしょ?だから私お買い物だーい好き」

 

食材を選ぶ時も「何も知らないのねぇ」よろしく、いちいち口出しされながら、である。

(ちなみに同居前だって、2年専業主婦も育児もしていた)

 

私は買い物が大嫌いになったゲホゲホ

 

 

出来るなら今もネットのほうが楽だニヤニヤ

(しかしまたこれは玄関・ポスト・インターフォンが1つしかないので、必ず義母のチェックが入るから

 好きなようにネットショッピングもなかなかできないし、それもまたストレス)

 

ちなみに今回は上記3つの同居苦行を例に出してみましたが、

こんな感じで思いついた順に書いていこうかな。

 

それと、一番大事なのは、もしこの内容を義父母・夫が読んだとしても、

 

記憶にござらん真顔

 

そんなこと言った?そんなつもりじゃないよ!

 

知ってるぅ~昇天

 

そんなつもりじゃないから厄介なんだよ。

火のない所に煙は立たぬなんだよ。

 

まぁ、私が勝手に病んで、勝手に思い込んで、勝手に不機嫌になって、勝手にメンタルクリニックに行った、

 

だけムキー

 

なんでね。(メンタルクリニックも薬だけ出しとけばいい系の医者に当ってしまい、それから行ってないけど…)

 

とにかく、同居は何のメリットもないドクロ

そして、人と人の距離は大事!!



それではまた、気が向いた時に…お月様