なくしてしまいたい日本語がある。
なくしてしまいたい失敗がある。

けれど、なくしてしまいたい人は居るだろうか。

ずっと同じ空間にいると、良くも悪くも、そこの空気と調和し始める。
環境に適応しようと身体が努める。
しかし、あるとき、このままでいいのだろうか、と気づくときがある。

この世界は0と1でできた世界ではない。
どこからかそんな声が聞こえてくるときがある。

もし敵を多くつくってしまったとしても、正義を、真実を、正しく判断できるのは、自分の魂だ。
喧騒に負けたその小さな器のままではいけない。
魂に背信的行為は似合わない。

学生でも大人でも、組織の問題は常に付きまとう。
和を乱すような人は排除しなければ、常にグループの輪に入っていなければ、、、
そうやって人のうわさを気にして、本心に背いて生きている人がいる。
あるいは、そうしていることにさえ気づかずに人を知らず知らず攻撃している人もいる。

卑下したり、軽蔑したり、馬鹿にしたり、絶望したり、自暴自棄になったり。
マイナスは膨らむ生き物。

人は誰しも知らないうちに罪を作ってしまう生き物だ。
だから、やられても、こちらからは決して攻撃しない生き方をしない。
どんなに不服に思っても、不快に思っても、ただ一言、感謝を伝えよう。
愛を与えよう。

最後の勝者は善人である。
自分にだけは嘘はつけない。
いいことも、悪いこともすべて己に返ってくる。
だからこそ、日々日々ありがとうの気持ちを。
いつも自分から手をつなごうとする温かい優しさをもっていたい。