阪神淡路大震災があったころ、私は小学2年生でした。

担任の先生の一声で、次の朝教室がまるでフリーマーケット場になったように、たくさんの物であふれました。テレビで自衛隊の人が救助活動をしていたな、ということを覚えています。このとき、困っている人がいたら助けること、一人はみんなのために/みんなは一人のために、を学びました。

2009年3月11日 5時07分。
初期振動を感じることもなく、ずいぶんと長く続く揺れで怖くなって起きました。東海地震だったらいやだなーと思いつつ。幸い、我が家では物が落ちるまでにとどまりました。急いで着替えてヘルメットやリュックサックを準備していると、外から聞こえてくる新聞屋さんのバイクの音、市内放送(雨でよく聞こえなかったけど)、消防車のサイレンの音、少し経つと自衛隊のヘリの音。・・・マジでかっけぇ。。。私は自分のことだけで精一杯なのに、この人たちはこんなときでも人のためだけを考えて動いている。尊敬。とりあえず心臓の揺れもおさまって、情報収集!と思いつきテレビをつけると、4年間アルバイトでお世話になった報道局の記者さんや、アナウンサーさんが。うおー!がんばれぇ~!と応援しながら、対応の早さはさすがだ!と、余震にも珍しくびびることもなく、のんきに感心しておりました。

そのうち、遠く離れた友達からのメール。私も県内の子に心配になってメール。ようやく余裕が出てきました。皆無事だったようで何より。すごい心配かけてしまった友達もいるけれど、東海地震はこの100倍以上だから、なんとしてもそのときも心配かけないように生き残らなきゃね。

我が家は無事でも職場は大惨事。連絡網ってあるのかなー?と思いつつ、現場にいつもより早く向かってみたら、それはもうすごいことに。なんじゃこりゃー!と心の中で叫びました(エコーで)。壁にヒビはいってるし、パソコン落ちてるし、冷蔵庫とか動いてるし、書類はばらばらに散乱してるし、ビン類は落ちて粉々になってるし・・・。とりあえず片しましたが、横揺れってすごいですね。片付けているうちにぼちぼちと先輩たちも出社してきましたが、こういうときにかぎって発見したことがたくさんありました。自分のこともよくわからないけど、他人のことはもっとわからないから面白いのだけれど、お互いに協力し合う作業ってこんなに学んだり発見することの多い、大事で貴重なことだったんだなーなんてしみじみ思ったりしました。しばらくは余震とか2次災害に気をつけなければなりません。

地球って本当に生きているんだということを実感した一日でした。いつもいつも同じ公転を繰り返してこれからもずっと続いていくこの宇宙船地球号で、どんな風に私たちはこれからも自然と、地球と向き合っていくんだろう?私から見える地球も、地球から見える宇宙も果てしない。正体がわからない。怖い。けれど、底知れぬ信頼のような感情を抱くのは不思議です。

今夏、光の雨をみせてくれるペルセウス座。私たちの青のエーテルは見えますか?