人の本性が、どんなときに、どのように出るのか。
本性とは、普段の表現方法じゃなくて、短期間でじゃなくて、その人自身のもっと奥にあるずっと溜めてきたり我慢したり、欲求のようなものが、ふと爆発するときに表に現れるものじゃないかなと思います。
怒ったときとか、内側から喜びに満ちた時とか、大切な人の何かが関わったときとか。
でも本性って『我』が深く関わってくると思うのです。相手の気持ちが見えない『我』。
そのことで一番気になるのはニュースで最近よく取り上げられている親子問題。親のエゴが見え隠れしている気がします。子供の問題に口を出したり不平不満を言う親御さんを見ると、そういう子供に育てたのは親のあなたでしょ!ってすごく言いたくなる。
社会生活でよく言われるのが、老人の本性。
「80過ぎるとね、化けの皮がはがれてくるのよ」
そうまわりの大人から教わってきたのですが、本当にそんなカ~ンタンに出るのかしら?と思ってました。
ですが・・・出ました。びっくりです。
老人の本性と呼ばれるものは、今の時代、病の一種で研究が進んでいます。とても定義しづらい認めがたい病です。
すごく失礼な言い方ですが、身近に出ました。あれよあれよという間に変容していく様は、なんというか、ちょっと怖い。
言っちゃ悪いかもしれないけど、考えるのはわがままかもしれないけれど、やっぱちょっと怖い。
いくら医療が発達したとはいえ、高齢社会の世の中、現実を目の当たりにすると、身体医療よりもむしろ脳や心のケアのほうがむしろ重要なんじゃないかと思います。患者も本人だけではなくて、家族を含めた総合医療が。
医療や福祉の及ばない域が存在しているのか私にはまだ良くわかりませんが、これまで病気と認識されなかった症状まで病気と判断されるこの世の中。いろいろな分野が融合して新しい形の心の医療がもっと生まれるといいなぁと思います。
ショックを受けたダメージは大きいですが、新しい考え方を得ることが出来ました。今まで、この人はこういう考え方で生きてきたのねと一番シンプルで表に出てくる年代というものが、人生のシステムには組み込まれているだなーとか。
人にどんな影響を及ぼしているのか考える力がだんだん衰えてくるのを見ていると悲しいものです。とりわけ身近な人で。ですが、見ているこちらが、だんだんと、相手のどんなわがままでも聞いてあげたりして、どんなに自分が疲れていたとしても、「どうしたいのかな」と想えるようになるのは不思議です。
もしかしたら、相手は自分が不自由していることがわからないかもしれないけれど、でも困っている姿を見たら手助けしてあげたいなという自分の気持ちは、宝物として大切に使って生きたいです。
お互いいつまでも幸せであろうね、という気持ちをどんなものより大切にしたいです。
物は天国に連れて行けないけれど、気持ちや暖かい記憶は魂とともに一緒に帰れると思うから。
みんな、幸せになるために生まれてきたと思うから。
本性とは、普段の表現方法じゃなくて、短期間でじゃなくて、その人自身のもっと奥にあるずっと溜めてきたり我慢したり、欲求のようなものが、ふと爆発するときに表に現れるものじゃないかなと思います。
怒ったときとか、内側から喜びに満ちた時とか、大切な人の何かが関わったときとか。
でも本性って『我』が深く関わってくると思うのです。相手の気持ちが見えない『我』。
そのことで一番気になるのはニュースで最近よく取り上げられている親子問題。親のエゴが見え隠れしている気がします。子供の問題に口を出したり不平不満を言う親御さんを見ると、そういう子供に育てたのは親のあなたでしょ!ってすごく言いたくなる。
社会生活でよく言われるのが、老人の本性。
「80過ぎるとね、化けの皮がはがれてくるのよ」
そうまわりの大人から教わってきたのですが、本当にそんなカ~ンタンに出るのかしら?と思ってました。
ですが・・・出ました。びっくりです。
老人の本性と呼ばれるものは、今の時代、病の一種で研究が進んでいます。とても定義しづらい認めがたい病です。
すごく失礼な言い方ですが、身近に出ました。あれよあれよという間に変容していく様は、なんというか、ちょっと怖い。
言っちゃ悪いかもしれないけど、考えるのはわがままかもしれないけれど、やっぱちょっと怖い。
いくら医療が発達したとはいえ、高齢社会の世の中、現実を目の当たりにすると、身体医療よりもむしろ脳や心のケアのほうがむしろ重要なんじゃないかと思います。患者も本人だけではなくて、家族を含めた総合医療が。
医療や福祉の及ばない域が存在しているのか私にはまだ良くわかりませんが、これまで病気と認識されなかった症状まで病気と判断されるこの世の中。いろいろな分野が融合して新しい形の心の医療がもっと生まれるといいなぁと思います。
ショックを受けたダメージは大きいですが、新しい考え方を得ることが出来ました。今まで、この人はこういう考え方で生きてきたのねと一番シンプルで表に出てくる年代というものが、人生のシステムには組み込まれているだなーとか。
人にどんな影響を及ぼしているのか考える力がだんだん衰えてくるのを見ていると悲しいものです。とりわけ身近な人で。ですが、見ているこちらが、だんだんと、相手のどんなわがままでも聞いてあげたりして、どんなに自分が疲れていたとしても、「どうしたいのかな」と想えるようになるのは不思議です。
もしかしたら、相手は自分が不自由していることがわからないかもしれないけれど、でも困っている姿を見たら手助けしてあげたいなという自分の気持ちは、宝物として大切に使って生きたいです。
お互いいつまでも幸せであろうね、という気持ちをどんなものより大切にしたいです。
物は天国に連れて行けないけれど、気持ちや暖かい記憶は魂とともに一緒に帰れると思うから。
みんな、幸せになるために生まれてきたと思うから。