取り掛かっている卒業論文で、今のテーマは違うけど、私のスタートはそもそも「アイデンティティ」でした。
アイデンティティなんて言葉、英語の授業で使ったくらいで、ほとんど日常生活では使いませんよね。
でも、授業で習うくらい大切な言葉だったとは記憶しています。

なんで大学生の今になってアイデンティティを取り上げたのか?考えるのか?
それは今だから。

大学に入ったこと自体、私という認識が一気に崩れ去った出来事でした。
今まで「これしかない!」と思ってきて3年間も夢のために努力してきたことが崩れ去った。
そのとき初めて、自分は何のために勉強してきたのか、誰のために生きているのか、どうしたいのか、私ってどんな人間なのか・・・・・、今まで深くかかわってこなかったことについて真剣に考えるようになりました。
勉強以外で初めて自分自身について悩める問題ができたのです。
私ってどんな人?ってことは、今まで先生や親たち、友達の視点から、というか他人のフィルターを通して見ていたように思います。
ところが、大学に入り、無意識に認識していたことに苦しめられる事態になりました。自分が思っている自分、人から見える自分、なりたい自分、人から期待される自分ってみんな同じなのか・・・?
個性的である、個性が強い、ということは自分でもよくわかっていたつもりです。ただ、「普通」という言葉に苦しめられた思い出だけはあります。
人から、「あなたらしく」といわれても、それが相手のイメージと自分のイメージが必ずしも同じとは限らない。

でも、なんだかんだいったって、今ここにいる私が本当の私であるわけで。
私自身を認められるのは最終的に私しかいないわけで。
だから、自分のどんな一面を発見してしまったとしても、最終的に受け止められるのは自分しかいない。

というわけで、自分を自分で素直に受け止められる自分でありたい、という思いと、もっと自分を知りたいという欲求からこの日記でも文章にしてみることにしました。
これから私は私のためにもっと動けるようになりたい。
それが人をも幸せにできることにつながるだろうし。

とりあえず、好奇心散漫な私がどれくらい続けられるかわかりませんが、苦手な文章を克服するという点も踏まえて、日記を綴ることを続けていきたいと思います。
この日記とのお付き合いをどうぞよろしく。