大学生をやっていたころ、先生や社会人になった先輩たちが口々に言っていたことがある。
「社会人になったらびっくりするほど痩せるから!!」
これを聞いたとき、ダイエットもロクに成功したこともない私はうそぉ?と思った。けれど、言われてほんの数ヶ月後に私はこの教えを実感することになる。びっくりするほどに。私の身体が軽やかになった原因は・・・仕事も人間関係もたぶんどっちもだと思う。いろいろなことが発見の毎日は楽しいけど♪
なんでも白黒つけなきゃならないそんな時代でも、グレーは必要。それがたとえば、善悪区別しなきゃならないものだったら、法律や規則なんて必要ないんだろうけど、個性がグループ化されたり排除されたりなんていうのは差別にも繋がると思うから。区別と差別はちがう。社会性だとか、時代とかに左右される価値基準っていうのは、その時々一人ひとりの固定観念に浸透してリメイクされ続けているのではないかなと思う。社会問題で取り上げられたことに対し、学者さんたちが新しい言葉を生み出して、たくさんの文献を出して考えを伝えているように。たとえば最近の若者に顕著に見られる仮想的有能感や、消費行動によって作られたアイデンティティなどなど。私もそんなふうに定義されている対象の一人なんだなぁ。すっかり時代の、世間の荒波にのまれてる感じ。
この間テレビでみたスーパーキッズを育てる保育の先生。『だめなコドモはひとりもいない』と言っていた。先生の言うことを素直に聞いて、与えられた試練に一生懸命に取り組むこどもたちの姿を見たときに、可能性を引き出すには、素直になることなのかなぁと思った。可能性っていうのは、自分のことでも他人のことでも包括的に考えられる。学童保育のバイトをやっていたとき、子どもがよく喧嘩するのを見ていた。嘘を言ったり、理屈をならべたり、本筋からズレたわがままを言ったり、そいでもって言葉がなくなると手が出たりで。そんなことをいつまでも続けて仲直りできない。けど、コドモですから。たった一言だけ「ごめんね」と謝ればWin-Win。もう何事もなかったように次の場面ではとても仲良く遊んでいる。自分からネガティブな感情をとってしまって、素直になれば平和を取り戻せるだなぁ。これって大人でも同じこと。子どもと違うのは、何かをやり遂げても、どんな状況になっても、いつも誰かに褒めてもらったり助けてもらえたりすることがないっていう点だろうか。私も自分は自分で成長させる時期にきたんだと最近になって実感する。
卒論に取り組んでいたとき、先生が「だいぶ人間に近づいてきたね」って言ってくれたのを覚えている。今でも一生懸命やってもなかなかうまくいかなかったり、理解しづらいことはたくさんある。まだまだ勉強不足。けれども、いつも経験して試行錯誤しながら学べることはある。そうしてどんどん私も猿から人間になってくんだなぁ。そうしてみんな大きくなっていくんだなぁ。世間だー社会だー仕事だーと振り回される前に、自分と手をつなげるようになるまで私はまだまだ時間がかかりそうだけど。とりあえず焦らずに一歩一歩階段を上ろう。
「社会人になったらびっくりするほど痩せるから!!」
これを聞いたとき、ダイエットもロクに成功したこともない私はうそぉ?と思った。けれど、言われてほんの数ヶ月後に私はこの教えを実感することになる。びっくりするほどに。私の身体が軽やかになった原因は・・・仕事も人間関係もたぶんどっちもだと思う。いろいろなことが発見の毎日は楽しいけど♪
なんでも白黒つけなきゃならないそんな時代でも、グレーは必要。それがたとえば、善悪区別しなきゃならないものだったら、法律や規則なんて必要ないんだろうけど、個性がグループ化されたり排除されたりなんていうのは差別にも繋がると思うから。区別と差別はちがう。社会性だとか、時代とかに左右される価値基準っていうのは、その時々一人ひとりの固定観念に浸透してリメイクされ続けているのではないかなと思う。社会問題で取り上げられたことに対し、学者さんたちが新しい言葉を生み出して、たくさんの文献を出して考えを伝えているように。たとえば最近の若者に顕著に見られる仮想的有能感や、消費行動によって作られたアイデンティティなどなど。私もそんなふうに定義されている対象の一人なんだなぁ。すっかり時代の、世間の荒波にのまれてる感じ。
この間テレビでみたスーパーキッズを育てる保育の先生。『だめなコドモはひとりもいない』と言っていた。先生の言うことを素直に聞いて、与えられた試練に一生懸命に取り組むこどもたちの姿を見たときに、可能性を引き出すには、素直になることなのかなぁと思った。可能性っていうのは、自分のことでも他人のことでも包括的に考えられる。学童保育のバイトをやっていたとき、子どもがよく喧嘩するのを見ていた。嘘を言ったり、理屈をならべたり、本筋からズレたわがままを言ったり、そいでもって言葉がなくなると手が出たりで。そんなことをいつまでも続けて仲直りできない。けど、コドモですから。たった一言だけ「ごめんね」と謝ればWin-Win。もう何事もなかったように次の場面ではとても仲良く遊んでいる。自分からネガティブな感情をとってしまって、素直になれば平和を取り戻せるだなぁ。これって大人でも同じこと。子どもと違うのは、何かをやり遂げても、どんな状況になっても、いつも誰かに褒めてもらったり助けてもらえたりすることがないっていう点だろうか。私も自分は自分で成長させる時期にきたんだと最近になって実感する。
卒論に取り組んでいたとき、先生が「だいぶ人間に近づいてきたね」って言ってくれたのを覚えている。今でも一生懸命やってもなかなかうまくいかなかったり、理解しづらいことはたくさんある。まだまだ勉強不足。けれども、いつも経験して試行錯誤しながら学べることはある。そうしてどんどん私も猿から人間になってくんだなぁ。そうしてみんな大きくなっていくんだなぁ。世間だー社会だー仕事だーと振り回される前に、自分と手をつなげるようになるまで私はまだまだ時間がかかりそうだけど。とりあえず焦らずに一歩一歩階段を上ろう。