『御教歌』
御 教 歌
死ぬことを 嫌ひな人も 死ぬる也
されば未来を 大事と思へよ
死ぬことを嫌いな人でも皆死ぬのである。
されば、死んだ後の未来ということを心得て、今為すべきことをしっかりと捉えていくことが大事であることを仰せの御教歌です。
人は生まれてきたら必ず死を迎えます。
どんな人でも・・です。
その死を迎えた時の苦しみは、生きている時の数千憶万倍の苦しみだといわれてます。
例えば、息を一分止めておくだけでも苦しいのに、死ぬということは息が全然止まってしまうのですから、想像を絶する苦しみなのです。
また風邪を引いただけでも苦しいのに、死ぬということは五体が崩れ去ることですから、大変な苦しみなのです。
なるほど、仏さまは人には「四苦八苦(しくはっく)」があり、その一つに死の苦しみがあり、皆その苦しみを受けなければならない、と云われております。
その死の苦しみというのは、死ぬ瞬間だけの苦しみではなく、死んだ後もずっと続くものである、ということなのです。
死んだ後も私達の魂はずっとずっと生き続けていくのです。苦しみと共に・・です。
その苦しみを未来永劫に持ち続けていかない為にも、今為すべきことがあるというのです。
そこで御指南に
「世間の人、一人として死なぬものなし。今生の修行肝心、未来の大事。今生を善くせば未来必ずよし。」
と仰せで
「どんな人でも死は逃れられないことを知れば、この一生の修行こそが大事なのである。今為すべきことをしっかりと修行していけば、未来も必ず苦しみから逃れ、まことの幸せがそこにあるのである。」
このようにお示しです。
今成すべきこと・・その修行とは、人の道から決して外れることもなく、人ひとりを大事に、思いやり、助けていくことを真剣に行じていくことです。
そのための難儀・苦労が自分自身の「功徳」となり、その積み累ねが、やがて「果報」となりその果報を以って苦しみを逃れ、安心立命の境地がそこにあるのですから、未来を大事と思う者であれば、今為すべきことをしっかりと捉えて生活していくことが、まことに大事なことです。
そのことを仰せの御教歌です。
死ぬことを 嫌ひな人も 死ぬる也
されば未来を 大事と思へよ
死ぬことを嫌いな人でも皆死ぬのである。
されば、死んだ後の未来ということを心得て、今為すべきことをしっかりと捉えていくことが大事であることを仰せの御教歌です。
人は生まれてきたら必ず死を迎えます。
どんな人でも・・です。
その死を迎えた時の苦しみは、生きている時の数千憶万倍の苦しみだといわれてます。
例えば、息を一分止めておくだけでも苦しいのに、死ぬということは息が全然止まってしまうのですから、想像を絶する苦しみなのです。
また風邪を引いただけでも苦しいのに、死ぬということは五体が崩れ去ることですから、大変な苦しみなのです。
なるほど、仏さまは人には「四苦八苦(しくはっく)」があり、その一つに死の苦しみがあり、皆その苦しみを受けなければならない、と云われております。
その死の苦しみというのは、死ぬ瞬間だけの苦しみではなく、死んだ後もずっと続くものである、ということなのです。
死んだ後も私達の魂はずっとずっと生き続けていくのです。苦しみと共に・・です。
その苦しみを未来永劫に持ち続けていかない為にも、今為すべきことがあるというのです。
そこで御指南に
「世間の人、一人として死なぬものなし。今生の修行肝心、未来の大事。今生を善くせば未来必ずよし。」
と仰せで
「どんな人でも死は逃れられないことを知れば、この一生の修行こそが大事なのである。今為すべきことをしっかりと修行していけば、未来も必ず苦しみから逃れ、まことの幸せがそこにあるのである。」
このようにお示しです。
今成すべきこと・・その修行とは、人の道から決して外れることもなく、人ひとりを大事に、思いやり、助けていくことを真剣に行じていくことです。
そのための難儀・苦労が自分自身の「功徳」となり、その積み累ねが、やがて「果報」となりその果報を以って苦しみを逃れ、安心立命の境地がそこにあるのですから、未来を大事と思う者であれば、今為すべきことをしっかりと捉えて生活していくことが、まことに大事なことです。
そのことを仰せの御教歌です。