『御教歌』
御 教 歌
金のなき 人はあれども 人のかね
かりたほしても つかう世の中
世の中にはお金がない人もいるが、人の金を借りて我が物のように使い、そして踏み倒す人もいるものである。なんとも嘆かわしいことであることを仰せの御教歌です。
仏さまは、滅後二千年以降を「五濁悪世(ごじょくあくせ)」と云われておられ、その時代に生まれ合わせる者たちは、どうしても善い方へ心が向かないし、善いことには物惜しみをし、悪いことには進みやすく、人のことになるとねたむ心が強く、自分のことを絶えず中心に考え他人のことには思いやる心が非常に薄く、空(す)きあらば自分の利を貪(むさぼ)ろうとするのである・・・
という我々の心の根底に根ざした部分を指摘しておられます。
なるほど、今世の中に起こっているあらゆる事柄を見ましても確かにそうなのだ、と思うのです。
また身近なところでもウンザリするような出来事は、やはり色々と起こっています。
そういう時代だからこそ、本日の御教歌でお示しのように、
「人のかね かりたほしても つかう世の中」で、
人の金を借り、それを踏み倒してでも我が物のように使う者がいるものであることを仰せなのです。
此の頃が明治時代ですから、今現在に於いては猶更のことだと思うのです。
いかに人を騙して利を得られるか・・・
そういう心が往行している現代だと思います。
「オレオレ詐欺」「結婚詐欺」・・・
数えればきりが無いぐらい一杯あります。
これは物は豊かになっても「こころ」がいかに貧しくなっているのかを物語っているのです。
そういう時代だからこそ、本当の幸せはどこにあるのか、仏さまの教えで仰せですから、その道に従って幸せになる道をしっかりと踏みしめていくことが大事なことになってくるのです。
御指南に
「貧も富も心にありて、世財をむさぼり、たくはえたるを富とはいはず。心餓鬼(がき)なれば富めるにあらず。少欲知足と如来(にょらい)はおしへ給へり。
故に足ることを知りたるは人なり。」
「本当の貧しさ・豊かさも心のなかにあるのであって、貪(むさぼ)り蓄えることを真の富とは言わないのである。
仏さまは足ることを知る、そこに心の富があるしそういう人をまことの人というのである。」
ことをお示しです。
更に
「わが苦を忘れて、人を助くるは菩薩なり。故に菩薩ばかり富みたるはなしと楽しみ励むべし。」
と仰せで、
「わが事はさしおいてでも人を助けていくのが菩薩であり、菩薩とならさせていただく以上の富はないものである。」
このように富たる者の姿・心をお示しですから、菩薩のこころになれますよう修行していくことがまことに大事なことです。
金のなき 人はあれども 人のかね
かりたほしても つかう世の中
世の中にはお金がない人もいるが、人の金を借りて我が物のように使い、そして踏み倒す人もいるものである。なんとも嘆かわしいことであることを仰せの御教歌です。
仏さまは、滅後二千年以降を「五濁悪世(ごじょくあくせ)」と云われておられ、その時代に生まれ合わせる者たちは、どうしても善い方へ心が向かないし、善いことには物惜しみをし、悪いことには進みやすく、人のことになるとねたむ心が強く、自分のことを絶えず中心に考え他人のことには思いやる心が非常に薄く、空(す)きあらば自分の利を貪(むさぼ)ろうとするのである・・・
という我々の心の根底に根ざした部分を指摘しておられます。
なるほど、今世の中に起こっているあらゆる事柄を見ましても確かにそうなのだ、と思うのです。
また身近なところでもウンザリするような出来事は、やはり色々と起こっています。
そういう時代だからこそ、本日の御教歌でお示しのように、
「人のかね かりたほしても つかう世の中」で、
人の金を借り、それを踏み倒してでも我が物のように使う者がいるものであることを仰せなのです。
此の頃が明治時代ですから、今現在に於いては猶更のことだと思うのです。
いかに人を騙して利を得られるか・・・
そういう心が往行している現代だと思います。
「オレオレ詐欺」「結婚詐欺」・・・
数えればきりが無いぐらい一杯あります。
これは物は豊かになっても「こころ」がいかに貧しくなっているのかを物語っているのです。
そういう時代だからこそ、本当の幸せはどこにあるのか、仏さまの教えで仰せですから、その道に従って幸せになる道をしっかりと踏みしめていくことが大事なことになってくるのです。
御指南に
「貧も富も心にありて、世財をむさぼり、たくはえたるを富とはいはず。心餓鬼(がき)なれば富めるにあらず。少欲知足と如来(にょらい)はおしへ給へり。
故に足ることを知りたるは人なり。」
「本当の貧しさ・豊かさも心のなかにあるのであって、貪(むさぼ)り蓄えることを真の富とは言わないのである。
仏さまは足ることを知る、そこに心の富があるしそういう人をまことの人というのである。」
ことをお示しです。
更に
「わが苦を忘れて、人を助くるは菩薩なり。故に菩薩ばかり富みたるはなしと楽しみ励むべし。」
と仰せで、
「わが事はさしおいてでも人を助けていくのが菩薩であり、菩薩とならさせていただく以上の富はないものである。」
このように富たる者の姿・心をお示しですから、菩薩のこころになれますよう修行していくことがまことに大事なことです。