学校側から
娘を支援級に戻すことを
打診されはじめました。
修学旅行をメドに
少しずつ変わっていこうと
母の計画をお話ししました。
納得して頂けました。
が…
それをしてしまうと
もう、普通級で勉強する事は
きっと…なくなります。
したくてもできないでしょう。
1日でも外れれば
ついていけなくなります。
彼女が恐れていたX DAYです。
その日が来ないように
できない勉強にしがみついていました。
けど、
母は…
6年の勉強の授業に
そうそういられない事も知っていました。
そして
娘にも限界が見えて来ていました。
それでもまだ頑張りたい。
今日の授業に参加してる娘を見て
そう思ってるのが伝わりました。
そこで、次の授業は
私から支援級に誘うと
「ありがとう」と言って
支援級へ向かいました。
ついていけないなら
寝ててもいい。
分からないなら
折り紙してていい。
6年生では…それは…ない…かな

普通級の担任が変わったのは
娘を支援級に戻す為でもあるはずなのです。
幸いなことに
今日まで上手く
クラスで過ごして来れてるので
勉強以外では
普通級への参加が出来ると思います。
勉強も
みんなと同じことできなくても
同じ課題を教科書に添って
今まで通り私とやって行きます。
今までより簡単に。
社会は楽しく
理科は簡単な実験だけ
元々算数と音楽は支援級に行ってました。
国語はあの教科書使ってついて行きます。
娘を挫折で普通級から外してはいけない。
同じ事してるという安心感をあげたい。
音読カードや宿題を普通級に出して
委員会やクラブに参加して
みんなと体育で交わって
家庭科もみんなとやれます。
支援級担任が付けないから
出られない授業は
私が学校に出向きます。
支援級児童が35人もいるんです。
先生ほんとに足りません。
先生への文句は
ただの教育委員会への不満です。
どの先生もキャパ越えなのです。
→それました(・_・;
休み時間には
娘の居場所のある普通級のまま
今となんら変わらない
ただ、難しいことをしなくて良い
そんな学校生活を母は望みます。
自分の居場所がある学校。
最後の学年で
学校に私が望んだ事はそれでした。
最後の小学校生活。
笑って卒業出来ますように(。・人・`。)






