アイヌの地でエゾリスに出会う-神居古潭(カムイコタン)を歩く-


アイヌの地-神居古潭(カムイコタン)-

北海道のほとんどの地名は先住民族であったアイヌ人の言葉を由来としています。読むのが難しい地名が多いですが、それは明治時代に北海道開拓で入植した日本人がアイヌ語の地名を漢字やカタカナで表記したためです。

この神居古潭(カムイコタン)という地名も、北海道で生まれ育った僕には「慣れ親しんだ」呼び名ですが、普通は「日本語にはない不思議な響きを持つ」地名に聞こえるはずです。カムイコタンはアイヌ語ではカムイ(神)コタン(村)「神の住むの場所」という意味で、アイヌの人たちにとっては「人の近寄りがたい神聖な場所」だったのです。

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神居古潭の壮大な渓谷からは「荒削り自然の厳しさ」を感じます。ゴツゴツした岩は「緑泥片岩」と呼ばれ、石狩川の流れによって浸食され現在の姿になっています。

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様々な形をした岩の中にはアイヌの人々の伝説に登場した「奇岩」もいくつかあります。

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さらに歩くと「神居古潭」の地はアイヌ以前の「竪穴式住居跡やストーンサークルなどの遺跡」などの原始・古代の人類の足跡も多く残されていて、縄文時代から人が住んでいた「太古のまち」であることがわかりました。

もうひとつの日本列島史-擦文時代-

本州では飛鳥・奈良そして平安・鎌倉時代と続いていた7世紀~13世紀、北海道では「土器を使い、採集・漁狩猟」を中心とした「擦文時代」を迎えていました。「木のへらで擦ってつけた模様」がこの時代の土器の特徴で「擦文」という名前の由来になりました。後に擦文文化はアイヌ文化に取って代わられたことから、北海道は明治期の開拓まで独自の歴史を辿っていたことになります。

その擦文時代の「竪穴式住居跡」が神居古潭渓谷の入り口にあるのです。紅葉が全て落葉になり色を失った樹木に覆われた道をトボトボと進んでゆくと、住人遺跡を示す石碑が見えました。

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落葉の埋め尽くされた地面ですが「所々くぼんでいる」のがわかります。その「くぼみ」が竪穴の家の跡で219軒が確認されているのです。

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この住居跡が渓谷の周辺にあるのは、擦文時代の集落がサケやマスが遡上する河川の流域や河口につくられたためです。残された「くぼみ」から太古の歴史を思い浮かべてみました。

かわいい突然の訪問者

誰もいないはずなのに「ガサゴソ♪」と音が聞こえ、木の枝が「ヒュン♪」と揺れているのが見えました。足下を見渡すとかわいい小さなエゾリスでした。

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ゆっくりとそっと近づいていきましょう。どうやら木の実を見つけて「パクッ」と口にくわえているようです。

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今度は安全な場所を探して「スタタタッ」と木を駆け下りて行きます。

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この場所が落ち着くようですね。木の実を「カジカジ」と食べています。食事中はしばらく見守ってあげましょう(^^)/

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ではエゾリスさん「じゃあね♪」冬に備えてたくさん木の実を集めて食べるんだよ。ちいさなリスとの思いがけない出会いで、「歴史と自然」にも恵まれた北海道の良さを改めて感じた土曜日の午後。そろそろ街や山にも雪が降り積もり、この落葉の地も全て「真っ白」になる冬を意識しながら「太古のまち」神居古潭を後にしました。