ある日のラジオ福島の番組から…。

阪神淡路大震災を経験した、当時小学生の女の子の詩です。
(うろ覚えなので正確さに欠ける事をご了承下さい)

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大きな地震があって私は「瓦礫」という言葉を覚えた。

「あっても何の役にも立たないもの」と辞書に書いてあった。

だけど、神戸にあるのは絶対に瓦礫じゃない。

あれは、壊れてしまったみんなの宝物なんだ…。

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一時帰宅…。

二時間という短い時間の中、渡された小さな袋に入る程度の荷物だけを持ち出す事が出来ます。

おばあちゃんの年金手帳とか保険証書とか…
生きるのに必要であろう物の他にも、お位牌とかアルバムとか…を持ち出す方も少なくないそうです。

なぜでしょう?
なぜ限られた中、わざわざ重くかさばるアルバムなどを…??

人間が生きて行くにはもちろん衣食住は基本です。
そしてそのためのお金が。
しかし、それだけでは人間は「生きている」とは言えないんですね。

人は人と絆を持ち繋がってやっと人間なんだそうです。
先祖との繋がり。
親子兄弟との繋がり。
友人との繋がり。
地域の人たちや職場の人たちとの繋がり…
それらを全て失ったら人間は生きて行けない。
だからその絆や繋がりを証明し、自分は孤独ではない事を確認するために、アルバムやお位牌などを持ち出すのだそうです。

放射能や余震はとても恐ろしいです。
でも、これから本当に恐ろしいのは、家族を失い友と離れ離れになってしまった方々の「孤独」なのかも知れません…。

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小学生の詩を最後にもう一度…

「あれは絶対瓦礫なんかじゃない。壊れてしまったみんなの宝物なんだ…」

家や学校など、目に見えるものだけじゃない。
それはきっと「絆」や「繋がり」という宝物なのでしょう…。

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最近色々あって心折れそうな日々です。

ブログを閉じようかとも考えたり…

震災後から続けている避難所でのボランティアの事をリポートしてからまた考えようと思います…。